生きていくということ…不正受給問題から見えるものは
お笑い芸人の「河本準一氏」が生活保護金を不正受給していた、として全額返納を行うというニュースが流れている。
氏の会見の内容からみる限りでは、確かに問題となる部分はあるが、法律違反であると断定することは難しそうだ。
ゆえに返納を行う義務もないとは個人的には思うのだが…それについては明言を避けたい。
ただ「自身の資産額から見て、生活保護が妥当だと思っていたかどうか」という認識不足については、社会的な議論のただなかに暫く置かれるであろうことはやむを得ないところだろう。
河本氏は多額納税者であり、著名人でもあるから大きくクローズアップされてしまったというところもある。
しかし、実際に不正受給や、それに近い形での受給を得ている人は決して少ない数ではない。
私自身、福祉の「裏側」については、一般の方よりも多めの情報を得ているだけに、今回のことは驚くに値しないが「彼もか!」という感慨はある。
この「彼もか?」が問題なのだ。
これは何を指すかというと「不正受給やそれに近いものは、かなり蔓延している」という事実だ。
当たり前に申告をし、当たり前に「日常生活が可能になっても」受給を停止しようとしない人は数多く存在する。
生活保護は基本的には「申請制度」だから、当人が隠し通す限りは、強制的な停止は出来ない仕組みになっている。
何らかの理由で、白日の下にならない限り「そのまま」なのだ。
一方で、本当に困窮している人もまた決して少なくはない。
格差社会が生み出したものは、困窮と「嘘」だ、ということだ。
実際に職を失うなどして、困窮の極みに達している人に対し、申請が通らないということも起きている。
一方で福祉的な優遇
(これについては極めて難解かつ複雑な問題をはらんでいるので、明言は避ける…問題を明らかにしてしまえばそれは「パンドラの箱」を開けることと変わりないからだ)
…というものも存在する。
福祉、と言っても実際には必ずしも「窮に幸あり」ではなく「法に則って」それに該当するかしないのか、で左右されているというのが実状なのだ。
今回の事件での河本氏は、いわば「スケープゴート」という形で「晒し者」にされた格好だ。
国会議員の一部が「不正受給を少なくするきっかけとなれば」と話してはいたが、今回の事件の結果で不正受給が減ることは「まずありえないだろう」と私は確信する。
…当たり前の話だが「志ある人は、最初から生活保護費を求める前に自力で解決する」からだ。
自力で解決できない人か、もしくは「そんなのバカバカしいやん」と、社会を見くびる輩か、どちらか一方でしかないからだ。
議員さんの仰っていることは「綺麗事」でしかない。
大震災に見舞われた人、災害で家を失った多くの人がいて、仮設住宅というアンプライバシーな空間で毎日を送る人がいる。
彼らも困窮している…そして、彼らは「仕事」を欲している。
生産し、提供し、お金を得る…人の暮らしとして「当たり前な生活」を強く欲している人たちがいる。
彼らはわかっているはずだ。
「お金を貰い消費すると言うだけでは、それは生活とは言えない」と。
被災された人たちの「叫び」を聞くとき、今回の「不正受給騒動」が、あまりにも悲しい。
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