我々は最初の一歩を踏み出し続けて生きる

「宮城まり子」さんが亡くなられたとのこと。

 

何らかの形で、障害者福祉に自発的に関わってきた人で、彼女の名前を知らない人は、まずいないだろう。

彼女は日本で最初に、障害者福祉に「生産性」というものを加えようとした人だ。

それまでの「囲うだけの福祉政策」…「生かされる」から「生きていく」に、障害者の人生を導く先駆けとなった。

「ねむの木学園」は、当時としてはセンセーショナルな場所であり、その薫陶を受けた人も数えきれない。

 

彼女自らも、そして、彼女から影響を受けた多くの方々の努力があり、完璧とは言わぬまでも、障害を持つ人たちが、自らの意思で働き、そしてその手にした糧により、自分らしい生活を模索していくという「通常の人の暮らし」を送れることが可能な世の中に近づいてはきた。

課題はまだ山積しているけれど、それでも「最初の一歩」があるからこそ、今がある。

彼女はパイオニアとして、自らの人生を捧げ続けてきた。

 

生きる、ということは、自らが望む生き様を全うしていくことだ。

宮城さんも、そして彼女が関わってきた多くの障害を持つ人たちも、それは同じだ。

生き様は、誰かが「決めていいもの」では、決してない。

生きることを、具体的に何か形に出来ないとしても…意思疎通が困難である場合であっても、それは変わらない。

ただ、その時々に「生きていること」だけで、即ち人は自らを「訴えかけている」のだ。

誰かが「生きている意味などない」と判断をしたとしても、それこそ「邪推」でしかない。

まして凶刃を振るい、命を奪うことなどは「特定の生への拒絶」なのであり、即ち「悪」なのである。

 

小山田いく先生が他界され、4年目を迎えた。

「すくらっぷ・ブック」に引かれるようにして、先生の世界観に触れてきた。

それももう40年近くに渡るのだから、ただ驚く他に無い。

 

先生は「生命とは?」という課題を、作品の中に必ず織り込んできたと思える。

「すくらっぷ…」では「友情」という「仲間としての繋がり」の中に。

続編ともいえる「ぶるうピーター」の中では、ことに「男女の愛情」という主題を掲げて。

「ウッド・ノート」では、鳥という人間以外の生命への憧れや興味の中に、生命を描いてきた。

 

今、世界は「新型コロナウイルス」により、大きな変化を強いられている。

まるで腐食していくかのように、厚塗りされ隠されてきた「エゴ」が、ウイルスによって剥落されてしまう。

…しかしヒトは「自らがパンツをはくことを選んだサル」なのだ。

もう駄目だと絶望をするくらいなら、もう一度「洗濯したパンツ」を履きなおすことだ。

 

もし、先生が存命であったならば、この危機に対して「何か」をきっと描くに違いない。

もしかしたらそれをネット配信したりして、ユーザーに届けてくれたかもしれない。

 

「危機を訴える時代は終わった…これからは危機を拾いなおしながら生きていく時代なんだ」

 

…希望はどんな時にだってある。

最初の一歩を踏み出し続けていけるならば。

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