2009年11月 6日 (金)

「コンクリートに罪は無い」ぃ?

「なんじゃそりゃ?」
これは今日の国会答弁での一言。
「脇雅史参院議員」が、鳩山首相への質疑で用いた言葉だが、ハッキリいって呆れた。
本当に低次元な、お粗末な受け答えが展開されたからだ。

つまり脇議員は
「公共事業を行う上で、コンクリートの必要性は欠かすことの出来ないことだろう?」
というようなことを言いたかったのであろう。
それは首相が言った「コンクリートから人へ」という発言をもって、指摘したことなのだろうと思われるが、それにしても先のような「言い方」は無かろう?。
「コンクリートから人へ」というのは、単なる「例え」であって、別に

「人を使ってダムを作りましょうー!!」

などとは、さすがの「宇宙人」鳩山さんも言ってないだろう。
それじゃあ大昔の「人柱」じゃん!?。
…そんなことは中学生にだってわかるような「常識」じゃないの。
それをまぁ「国政の場で」のうのうと使うか!?…ホントに呆れかえるしかないっての。

それでまた鳩山首相が「謝った」というのがまた可笑しい。
もっといくらでも「自然に流す」答弁は有っただろうに。

脇議員は質問の中でこう例を挙げたのだそうな。
「私のところに『コンクリート』という言葉を社名に使っている建設会社から大変な苦情が来ている」と。
…「ホンマかいな?」とまずは疑わしいところだが、まあ百歩譲ってそれが事実だったとして、その「次元の低さ」には驚嘆せざるを得ない。
私ならばこう返答するだろう。

「それはご迷惑をおかけしました。私直々に陳謝の念を述べたいと思いますので、どうかその会社の名前を後で教えてくださいませんか?」ってね。
…馬鹿正直に謝って、どーなるっちゅうねん!!。
アンタはホンマもんの「友愛正義マン」か?っての。
あー…なんか気が抜ける…。
オバマを呼べ、オバマを!。


私は「コンクリートから人へ」って、いいキャッチだと思う。
わかりやすいし、結構的を得ていると思うよ、標語として使う分には。
「人間の温かみ」をどこかに感じさせるようなものは、なんだって気持ちが良いもんだ。
建築物もそうだし、精密機械だってそう。
別に「コンクリートに人格が宿ってるわけじゃない」のだから、そも「罪」ってのは変でしょ?。
マテリアルをどう使うか、それを左右するのが人間じゃないの。
だからこそ、そこには「いいもの、わるいもの」が出来るわけだし、要は「作り手次第」でしかないんだ。
そんなことは、よう言わんでもわかること。
それを…トンチ小僧か!?っての。

最近の十代は、皆がそうではないのだけど、大人に正論を突きつけられると「いいのがれ」に終始する。
「それはあなたの理屈であって、私の理屈じゃあーりません」ってね。
そして大人は反論する術を失い、ボッキしてた勢いを縮こませながら、言葉を失うんだ。
そんなやり取りに、これは良く似ている。
「どちらも未成熟」なんだ。

日本は「子供国家」になったのか?。
国政の場で「それ」を知ってしまうことは、国民すべての不幸なんだろうな。

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