涙くん、さよなら
坂本九の代表的な歌のひとつにこの
「涙くんさよなら」

涙くんさよなら 坂本九 歌詞情報 - goo 音楽
が、ある。
「この世は悲しいことだらけ」
というけれど、悲しいことが起きるたびに、涙を流せていた時代はそれでも「幸せ」だったのだなぁ、とつくづく思わされる。
あまりにも悲しいこと、やるせないことが続いたりすると、人間涙も出なくなってくるようだ。
昔「年のせいかしらね…すっかり涙腺が緩くなって…」などというドラマの台詞を聞いた事がある。
その当時の私は、まだ少年であったから「へぇ…そんなもんなのかな?」と思いながら聞いていた記憶があるのだが、これには「個人差」があるのだ、ということを、この年齢になってから知った。
他人の「不幸せ」を聞いて、涙が出るのは良いことなのである。
涙が枯れた様に流れ落ちてこなくなるのは、自分が「不幸せ」だからだ、ということも知ってしまっている。
人が呆気なく死ぬ時代になってきたんだろう。
三十分前まで元気でいた子供が、次に見かけたときは「棺の中」だという「恐怖」。
買い物に一緒に出かけた息子が、唐突に凶刃に倒れると言う「現実」。
こういった「出来事」に、最早涙も出ないということに気付き、そして同時に空恐ろしくなってくる。
感覚が麻痺しているんだ。
これではまるで「戦場」ではないか?。
視野が広がり、物事の「多面性」が見えてくるに従い、本当ならば「豊かな心持ち」を持てる「熟した季節」がやってくるはずなのに!。
今はむしろ、その「視野の拡大」こそが「荒れた時代の収拾」の役目しか持てないようで
「熟す前に腐っていく果実」の様に
「燃える前に落ちる広葉樹」の様に
「常盤木落ち葉」や「病葉(わくらば)」ばかりが、散り急ぐように舞い落ちるばかりだ。
「豊かな秋」は何処に行ったんだろうか?。
はらはらと落ちる枯葉に涙する季節は、何処に行ったんだろうか?。
…いや「消えて」しまったわけでは無いはずだ、と思う。
そういう季節が私の中から「逃げて」しまったのだ。
だから…取り返しに行かなければなぁ、と思う。
このまま乾いた冬を迎えないためにも。
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