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2008年11月 2日 (日)

道化師のソネット

これを書くにあたって「ソネット」というものの意味を「ウィキペディア」で調べてみたのだが、正直難しくてとんと理解できなかった。
理解できたのは「14行の詩から構成される」ということで、これを「さだまさし」さんの名曲「道化師のソネット」に当てはめてみたら、見事に条件が合致した!。
やはり「さだ」は「凝り症」なのだなぁ、と納得。
道化師のソネット さだまさし 歌詞情報 - goo 音楽
道化師のソネット さだまさし 歌詞情報 - goo 音楽


…いやまぁ、そんなことを書きたいんじゃなかった。
私のカテゴリー「すくらっぷ・ブック」の中でも「クリニクラウン」をやってる、という登場人物を設定したのだけど、今日初めて間近で「クラウン」の芸を見る事が出来た。

「ピエロ」と「クラウン」は違う、ということを、未だ多くの人は認識出来ていないだろう。
格好やメイキャップを見る限り、ふたつが「違う存在」だ、ということを認識するのは正直難しい。
…しかし!…簡単な事だったのだ!。
ハッキリとわかる…実体験すれば良い…「見ればわかる」ことなのだ。

「ピエロ」が「スラップスティックな動き」を重視し、滑ってみたり、踊ってみたりの「滑稽さ」を協調するのに対し、「クラウン」は確かな「芸」を基本にし、観客を楽しませる事を一義としている感じだ。
ピエロが「滑稽」だとすれば、クラウンは「娯楽」…笑いを「共有する」ということが大きく違う。


晴れた秋空の下での時間は、有意義なものだった。
「みんながひとかたまりになって楽しむ」ということは、普段ではそうはあるものじゃない。
小さな「町」での公演ではあったけど、中には違う町からわざわざ駈けつける、私のような他所者もいる。

老若男女、顔見知り、見知らぬどうしが笑いあう。
「こんなこと」は、個性化、核家族化が進み…家庭内でさえ、各々が「テリトリー」を重視するあまりに「スタンドアロン」となっている現代では稀有な事と言いきっても良いだろう。


暗い話題をニュースで見ない日は無い。
「次は我が身か?」と怯える日々は、空っ風よりもまだずっと冷たくて乾燥した「冬」を呼びこんでいる。
暖かい「コタツ」が必要なのだ。

テレビの「お笑い」は、嫌な事を「忘れる」事は出来ても「解消」する事は出来ない。
それは彼等の「芸」が、日常の事件を探し出してフィチャリングすることに特化しているからだろう。
これでは「渇き」は止まらない。
むしろ増すばかりになっていくだろう。

それらと異しているのが、クラウンの芸だ。
クラウンの芸は基本的に「楽」に基づいているから、だれも傷つかない。
だからこそ、命いつ果てるか知らぬ、幼い子供達にも「受け入れられる」…これはどんな現代医薬「特効薬」でも実現不可な「治癒方」と言えるだろう。


今、この国には「道化」はいっぱいいる。
自分を「安く」見せて同情を買うような若者がいて、一見「カッコ悪い」ように見せたい、庶民的(?)総裁もいらっしゃる。
自分が何かの「道化」になれないで、なおかつ「踏ん張る事も出来ない」若者は、ナイフを懐に街角に立つ。

…もう「道化」は要らない、と、そんな風に思う。
一時でも良い…「心から笑いたい」のだ!!。

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2008年11月 9日 (日)

深慮のススメ

「大麻」や「マリファナ」などの「薬物」に絡む事件が多くなってきた。
世情を考えるとこれは「当然」とは思っていたが、薬物は本人の身の破滅だけならず、他の「なんら関係の無い人間」にも、無条件で災厄を落とすわけだから、捨て置けない。

こちら群馬でも「レイブ」という「野外パーティー」で、麻薬の使用が発覚し、地元紙の紙面をにぎわせていた。
麻薬の常習者は、レイブ参加者の中の一部に過ぎないのだろうが、地元の「猜疑の目」はなかなか収まることは無いと思われる。

麻薬に絡む出来事には、いつでも「闇」が付きまとってきた。
「貧困と、戦争と、絶望に堕落」…アヘン戦争然り、日本軍の「裏資金源」とも言われてきた、麻薬。
どうしようもなく退廃した世情には、いつでも「コイツ」の影がちらついている。


確かに現在の世情も「絶望的な要因」というものが多く見られるという意味では「闇の季節」と言ってもいいのだろう。
しかし、それでも「個人の自由」を完全に阻害されるほど、困窮した世の中とも言えない。
「ワーキング・プア」などとも言われるが、かといって「餓死するほど」切迫した状況には遠いだろう。

そんな中での「堕落」は、これはもう「個人責任の希薄さ」が生み出したものだ。
世情だの、不況だの、時代が悪いだのということは、幼子の戯言にも等しい。
いつから日本人は、こんなにも「弱虫」になったのか?。

昔「エコノミック・アニマル」だの、ひどいやつだと「パラサイト」だのと、罵詈雑言を叩かれつつも、自身の明日のために戦ってきた日本人。
戦って戦って、それで訪れた「時代」が、こんな「腑抜け虫の世の中」だというのでは、先人への申し開きが立たないだろうに。
「優しさなんてね、マスコミの嘘ですよ!」と、ある歌手が言った言葉が、脳裏でリフレインしている。


優しいことは良いことだ。
だけど「優しさを考えない」ということは、折角自分に預けられた「遺産」を、無闇にばら撒き続ける道楽息子と同じだ。
もっともっと考えないといけない…考えることから逃げちゃいけない。
「疲れた」なんて、簡単に口にしちゃいけない。

…「人生の負け組」に、大事な人達を入れたらいけないんだ!。


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2008年11月13日 (木)

現実頭文字(リアル・イニシャル)

漫画と言うのは面白いもので「登場人物が年をとらない」とか「外国語をペラペラしゃべれる」バンカラ野郎とかいろいろな人物が出てくる。

前者は「サザエさん」の磯野家の方々で、このまま続いていくと「一人の人間の一生分」彼らは年をとらない可能性が出てきた。
こうなるともう「バンパイア一家」とでも呼びたくなってくる。
視聴者の「生気」を吸って、彼らは生きているんじゃないか?と。

後者では「リングにかけろ!2」の主人公「剣崎麟童」が凄い。
あまり学識は無さそうなのだが、どんな国に行っても当地の言葉はペラペラだ。
彼に特異な才能があるのか、はたまた「心の声」で会話できる人たちなのか、さもなければ「超優秀な通訳」がピッタリと彼に張り付いてるか、どれかだろう。

「いきなり外国語」はすごいよなぁ。
私なんて山形県で電車内での「女子中学生」の会話がまったくわからなかったもの。
おばあちゃんとお孫さんの話だって異次元感覚だったぞ。


でも「逆」はあんまりないんだよなぁ。
例えば「頭文字D」(以下D)のメンバーは、ほとんど群馬県に居住していると思われるのに、まったく「なまって」いない。
…え?「G県」…いやいや私は「勝手に」藤原拓海くんは「群馬県渋川市」の住人だ、と思っているから、それで行く!。
高橋兄弟だって「兄弟で話すとき」に、なまってないはずないんだよ、うん!。

さて「群馬なまり」上州弁というのは、東北なまりとかと違っていささか「強くて、乱暴」なものだ。
例えば「痛い」というのは「いてえ」であるし、「痛いじゃないですか?」というのは「いたかんべえ!」になる。
「だんべえことば」と総じて言っているのだが、「…べえ」というのが語尾につくことが多い。

だからこんなふうになるはずなんだ。
訳:「藤原、明日の遠征にそなえて、早く寝ておくんだぞ」
正:「藤原、明日は遠っぱしりになるから、はええうちに寝とくんだぞ」
訳:「そうですね…もう少し固めのセッテイングの方が僕には良いみたいです」
正:「そうだいねぇ…もうちっと固てえセッテイングなんが、おれには良いみてぇ」

…なんか文字にすると恐ろしく気が抜けるな。
「これでいいですね?」→「これでいいんだんべぇ?」
「うまく曲がれないんだよね」→「うまいこと、曲がれないんさぁね」
…あはは、もうなんかグダグダだ。


あとは「D」がヒットする前、群馬では「AE86」を見かけることはトンと無くて、ほとんど走っていなかったと思う。
これには理由があって、群馬では
「FRは雪道に弱い!」という固定観念みたいなものが強かったから。
実際は平地と言うか、盆地のような渋川市に豪雪が降ることはほとんど無い。
しかし「日陰道」が多いからか、ところどころ凍結がいつまでも残るのが、冬の当地の状況である。
「山に行く!」ということが日常的娯楽だったり、仕事でも避けることが出来ないことが多かったから、車は「FF」というのが、なんとなく「お決まり」だったのだ。
これには某「F重工」の戦略(?)もあったと思える。

Dがヒットしてからは86が走っているのを見るのは珍しく無くなってきた。
例の「パンダトレノ」がほとんどで、店名まで書いて走らせている方もいらっしゃる。
「国定忠治」以来著名人が出なかった(政治家はいるけどね)群馬から「男性有名人」が出たわけだ。

「俺って、有名人なんかいねぇ?」と彼もひとり、つぶやいているかもしれないな。

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2008年11月18日 (火)

今年は…

「流行語大賞」などという言葉を聞くと「年の終わり」を否応無く感じる。

しかしどういうわけだろう…今年ヒットしたもの、話題になった出来事…そういったものは数々「あった」はずなのに、強烈に脳裏に残るものが「無い」のだ。
短すぎる首相の「交代劇」とか、オリンピックとか…そうそう無いはずの出来事があったのに、何も強い印象が無い。

確かに私の「のーさいぼー」は、劇的に減少しだしているんだろうし、感受性が若い時分より格段に「落っこちて」しまったのかもしれない。
だけど「そればかりじゃない」だろう。

「日々の出来事が強烈過ぎて」

頭の中が「麻痺」してしまっているというのが、本当の理由なのだと思う。


秋葉原での「無差別殺傷事件」などの、少し前なら「本の中の出来事」に過ぎなかったことが、現実として起きてしまう。
世界有数の会社が倒産し、失業者は街にあふれ出している。
株価が暴落し「孫のために」と年金の中から買っておいた株券が、一夜にして「紙くず」に変わってしまう。

今年にふさわしい漢字…それは「悪夢」じゃないの?。


「悪い夢を見てるんだ」と、たくさんの人たちが現実の中で「夢遊病」に罹ったように街を彷徨っている。
現実の直視が出来ずに、不安と「焦燥」を、紫の煙の中で燃やしている若者たちがいる。

…9年遅れの「世紀末」。

しかし…「それ」は始まったばかりなのかもしれないな…。




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2008年11月19日 (水)

悲しみのクリスマス・ソングス

ネット・カフェの小さなブースの中で、PCの画面に向かい合っていると
「そりすべり」の軽快な音楽が聞こえてきた。

「あれ、まだ11月じゃん?」

とは思ったが、ケーキの予約販売が始まりだしたのは、もっと前のことだ。
日本人は気短だなぁ、と呆れるやら、微笑ましいやら。


ともあれ、私自身はクリスマスの時期に「良い思い出」というものが無い。
恋人がいないときは「指をくわえて」カップルを眺めているだけだったし、恋人がいた時も「マズく」なっていて、会わなかったり、会っていても喧嘩してばっかりだったり…めぐり合わせが悪いのだな。

CMで山下達郎のスーパーヒット「クリスマス・イブ」が流れていたときもそうだった。
白々しい気分で、TVの画面を眺めていた記憶がある。
そのときの気分はどちらかといえば
「悲しみは雪のように:浜田省吾」がピッタリで、TVの画面からではなく、耳に刺した小さなヘッド・フォンから聞こえてくる声のほうが、より胸に染みた。

「クリスマスは、なんか寂しい」
という気分が今でも抜けない。
イルミネイションに輝く街の中で、三脚を立てて撮影していても、作品の中に見えてくるモノは「街のさざめき、子供らの声」ではなく、
「冬のカフェの窓から見る街の景色」のように、静かに、そして「密やか」だ。
写真は「心の鏡」とは言うが、成程そうなのかもしれない。


「賑やかな馬鹿騒ぎは卒業、家族で静かなクリスマスを迎えたい!」と願う人に「お勧め」の曲があります。
「ジ・アイズ・オブ・ラブ:白鳥英美子」
「Heart side」というアルバムに収録されていますので、良かったらどうぞ。
ゲンミツに言うと「クリスマスソング」では無いのですが、心に染みる名曲ですよ!。




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2008年11月21日 (金)

内緒で買ったもの

今は歌手が「スペシャルコンサート」を演ったとしても、すぐ何ヶ月か後には「DVD」という形で「お金さえあれば」過去の興奮を味わいなおすことが可能になった。
見損ねた映画だって、特別番組だって、後になって「ソフト化」されることは「お決まり」みたいになっている。
便利な世の中になったもんだ、と思う。

昔、DVDなどと言うものが無かった頃、そういった「番組」を録画したり、録音したりしておくことは「スポルティック」で「スリリング」な作業だった。
TVやラジオ番組などを「その場で保存」しておく作業を「エアチェック」と呼ぶのだが、ジァストなタイミングで「ポーズボタン」を解除(リリース)する技術を、誰言われること無く皆研鑚したものである。
その「技術」が、即ち「結果」を左右してしまうわけだから、これは気が抜けない、ある意味「スポーツマインド」さえ漂うような行為だったのだ。


私が高校生のときのことだった。

正月の「特番」として、ある歌手の「コンサート」がFMで放送されることになった。
私は彼の「大ファン」なので、この「特番」を聞き逃すことはおろか、録音しないなどということは「生涯の悔いである!」と強く思った。

しかし、そのとき「ひとつの問題」が持ち上がっていた。
手持ちの「ステレオラジカセ」は「オートリバースタイプ」ではなく、裏面に録音する場合、一度カセットをイジェクト(排出)して、ひっくり返してから、もう一度録音ボタンとポーズボタンをセットした後、再びポーズボタンをリリースする必要があったのだ。

かの番組は、かの歌手が「おしゃべりが長く、おまけにそれが面白い」ので、出来る限り「しゃべりを切る」ことはしたくなかった。
おまけに私は「頑固」というか、変な「職人気質」みたいなものがあるので、
「完璧なモノを残したい!」と頑なに願うようになってしまったのである。

…さて困ったぞ?。
16歳の青少年の「青い悩み」は膨らんでいった。
そして彼が出した結論と言うのが…
「新しいステレオラジカセを購入すること!」だったのだ。

しかし、資金が足りない。
時間は刻々と迫り、切羽詰まった少年は「人生で初めて」「禁忌」を犯す。
その「禁忌」とは…「叔父さんにお年玉の前借りを頼むこと」だった!!。


私は両親に内緒で叔父さんに話を持ちかけ、前借りを成功させた。
そのお金でもって「新しいラジカセ」を買い、番組の録音を成功させる事が出来た。
番組は期待を裏切らず面白かった。

しかしその「企み」が脆く崩れることは明白で、「お年玉前借り事件」は母にばれることと相成り、私は昏々と母に「叱りごと」を言われた。
「私に黙って、かってに他人様(例え叔父であっても)に金を借りるなんて!」
と、彼女は長いこと私を叱りつづけた。
時折、潤んだ目を私に向けながら…。


「そのとき」のことを思い出すと、今でも胸がチクリと痛む。
あのときに買ったラジカセはもう無いけれど、当時録音したテープは未だに手元に残り、ダビングし、CD化もしてある。

今の時代「時間だって買えるさ!」と誤解してしまうほど、色々な事が「サービス」として提供されている。
しかし、当時のこと、当時の「事件」を経験してきた身としては、それが「間違い」だということがすぐに理解る。

時間は…買えない。
「罪を教えてくれた人と、その時間」は、どこに行っても手に入れる事が出来ない「経験」だからだ。





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2008年11月26日 (水)

理想と言う名の暴力

オウム事件の「破産管財業務」が終了したそうだ。
これはひとつの「区切り」とは言えるが、悲劇はこれからもずっと継続していくだろう。

サリン事件に関わった人達には「理想」としての信教を掲げている人もいた。
「ポア」と呼称され、オウム教の名の元に「殺害」されることは「魂の救済」だと信じていたと言うのだから、呆れるしかない。

「理想」というものは、実は宗教だけに留まらず「経済」「教育」「政治」など、ありとあらゆる場所に存在し、そしてその「根源」を求める「求道者達」の永遠のテーゼとして存在しつづける。

それだけでは無い。
社会の中で様々な「壁」にぶつかって、答えをもがき探す人達…ひきこもりや、ニートなどと蔑称され、苦しみの毎日を送る人が探すものも「理想」だろう。
そして、彼等に間接的な圧力感を与え「勝ち組負け組」といった「仮想価値」を御旗にして、社会の変革を叫ぶ連中の頼りもまた「理想」なのである。


「理想」というものの「裏側」…それが今「明るみ」に出始めている。

「経済理論の崩壊」が、大規模な連鎖倒産を生み出している。
「理論」だけで机上のうちだけなら、まだ良かったのだ。
小泉政権での一連の「作戦」を今見れば、それが「危ういもの」である、という感想を持つことだろう。
これを現実に行わせる「きっかけ」となったのが「理想」と言う名の「お化け」だった。

巧みな話術と朗々たる演説と様々な演出。
多くの人が支持してきた「小泉政権」。
国民がそこに見てきたのは「理想に輝く男の顔」だったに違いない。

しかし今、国民は苦渋の汁を今だもって飲み続けている。
生活の改善は成らず「ワーキング・プア」という考えられない事態まで発生し出している。
国民が夢見た「理想の世界」は、文字通り夢でしかなく、後に残ったのは「台風の後のように」破壊された世界だった。

「爪痕」は人の心にも残り、様々な「凶悪事件」が頻発している。
無差別に人を襲う凶刃があった。
自身の「運命」を「理想」と言う名の「詰め物」で埋めることで補うという生き方を選択した「末路」は、最悪の「選択」を彼等にもたらした。
「そのこと」を彼等が自覚するには、きっと長い時間が必要になるに違いないだろう。


サリンの影響で、言葉を忘れ、記憶を忘れ、視力を奪われた女性の映像が出ていた。
これから彼女はどう生き、そして家族はどう支えていく…いけるのだろうか?。
その「長きにわたる戦い」を想う時、私は愕然とし、頭を垂れた。

「「理想」など糞くらえだ!」

どんな理想があったとしても、それに「正当性」という冠を預けちゃいけない!!。
…他人任せじゃいけないんだよ…

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2008年11月27日 (木)

くそでもくらえ!

「機動戦士ガンダム」の名セリフ集みたいなのはTVの企画で時たま目にすることがあるが、もっと昔の
「宇宙戦艦ヤマト」とかの名セリフが、お茶の間に上がることは少ないみたいだ。
確かに「ヤマト」は「戦記モノ」の色合いが強い作品だし、どちらかというと「男性的視点」に基づいて描かれている節があるから、難しいところがあるのかもしれない。

前回「理想なんてくそくらえ!」と叫んだ自分のセリフを見ながら、昔ヤマトで見たシーンを思い出している。
…ガミラス星でデスラー総統率いるガミラス軍に勝利したあと、破壊の限りを尽くされた戦場を見て「古代進」が言ったセリフ…

「勝利か…くそでもくらえ!」

そういいながら、銃を艦下に投げ捨てるシーンが思い出される。
日露戦争の「乃木希典」将軍が詠んだとされる漢詩

「山川草木転(うたた)荒涼」

を思い起こさせるセリフだ。


「やられたらやりかえす!」「かかる火の粉は…」
というのが、戦争の「基本原理」としてあるとおもうが、その「結果」もしくは「顛末」が、お世辞にも「豊かなもの」であろうはずは無い。

それになによりも「どこかのエライさん」が掲げる「理想国家」とやらの「妄想」が、その他大勢の人間に「慟哭の波」を運んでくるということ。
「やられたら…」というようなことは「集団心理」を巧みについた「戯言」でしかない。

真実はいつでも「あとになって」わかるものなのだろうか?。
人は「進化してるようで進化してない生き物」なんだろう。
困ったことだが、そういうものであるらしい。


今朝TVで「中村ブン」さんの「母さんの下駄」という歌を聞いた。

随分と昔に聞いたような記憶がある曲だし、そのときの印象も強いものではなかったような気がする。
しかし、人として経験を積み、様々な出来事を経過してきた自分の中で、彼の曲は「同期」していたようだ。
感動的な場面だった。

「懐かしい曲」「泣ける曲」がクローズアップされているのを「現実逃避現象」と切り捨ててはいけないんじゃないだろうか?。
「近代文明」の行き止まりが、いよいよ「見え始めてきた」という中で、
「もう少し考えてみないか?」というメッセージングの一端として、こういう傾向が高まってきたんだ、と思う。

この「潮流」に、もっと目を向けてみたい気が今はしている。
肝心なのは「答え探し」が、そこから始まるかどうか?と言う「モーメント」の有無についてだ。
それがないと、ただの「ノスタルジィ」に過ぎず、あまり大きな意味を有することは無いだろう。

私も古代のように「くそでもくらえ!」と叫びながら生きていきたい。

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2008年11月28日 (金)

「SAS」に捧ぐ!

…思い出すこと今や…何年前だっけ?。

アナタ方が「意味解読不明」な歌詞を引っさげ、夏の海岸べりを歩くような格好をして、トウモロコシや浮き袋の代わりにギターを抱えて「がなりだした」TVを見たのは。

目が丸くなりましたよ、私ゃぁ!。
まだ未成年で穢れを知らない私に、思いっきり「毒霧攻撃」って感じでした。
思えば、ビートルズがブレイクし始めた時の、イングランドの興奮も「こんなだった」のかもしれませんね。

画面の下の「字幕」が出て、ようやっと「何言ってるのか」がわかりました。
またその字幕の、流れの速さったらもう…歌とシンクロしてるのかどうか…。
何もかもが「新しかった」。


毒霧を浴びた青少年は、かくして自分も「感化」されていったわけです。
チャリンコに乗りながら「♪ら、ら、らららら、らららー」と歌いながら通う学校。
「サザン・オール・スターズ」アッというまに夢のトゥナイト…もとい…アッと言うまに我々の「愛聴歌」となっていきました。

ホントにいつでも、どこかでサザンの「お世話」になってた気がする。
夏になるたびに、どこかでサザンの歌が聞こえてきた。
ハッピーなロックでウキウキした気分になれたし「栞のテーマ」みたいな「しんみりした曲」もしみじみして良かった。

84年…「幼さ」から「大人」に。
まるで歩調を合せてくれるかのように、サザンの歌もアダルトになっていく。
「ミス ブランニューデイ」「バイ バイ マイラブ」「メロディ」と、
「詩の深さ」と「優れた曲調」を併せ持つ名曲がリリースされた。

サザンの歌は「流れるようで、深い」と思う。
気軽に聞ける雰囲気を持ちながらも、何度も繰り返し聞きたくなる。
聞く場所も「カーステレオから流れる」ときもあり「ヘッドフォン」でじっくり聞いたときもある。
つまり…「オールマイティー」なんだ!。


「日本で一番、ビートルズに近いバンドは?」
そう問われたなら迷わず「サザンオールスターズ」を、私は推すだろう。
それは日本人お得意の「モノマネ」じゃなく、あくまでもその「影響力」を指し、そう言いたい。

…あの「お騒がせバンド」が、赤ん坊が大人になるくらいの年月の間、ずっと多くの人に支持されて来たということが全てを物語っているだろう。
そう…「南天の星たち」は永遠だ!!。




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