道化師のソネット
これを書くにあたって「ソネット」というものの意味を「ウィキペディア」で調べてみたのだが、正直難しくてとんと理解できなかった。
理解できたのは「14行の詩から構成される」ということで、これを「さだまさし」さんの名曲「道化師のソネット」に当てはめてみたら、見事に条件が合致した!。
やはり「さだ」は「凝り症」なのだなぁ、と納得。

道化師のソネット さだまさし 歌詞情報 - goo 音楽
…いやまぁ、そんなことを書きたいんじゃなかった。
私のカテゴリー「すくらっぷ・ブック」の中でも「クリニクラウン」をやってる、という登場人物を設定したのだけど、今日初めて間近で「クラウン」の芸を見る事が出来た。
「ピエロ」と「クラウン」は違う、ということを、未だ多くの人は認識出来ていないだろう。
格好やメイキャップを見る限り、ふたつが「違う存在」だ、ということを認識するのは正直難しい。
…しかし!…簡単な事だったのだ!。
ハッキリとわかる…実体験すれば良い…「見ればわかる」ことなのだ。
「ピエロ」が「スラップスティックな動き」を重視し、滑ってみたり、踊ってみたりの「滑稽さ」を協調するのに対し、「クラウン」は確かな「芸」を基本にし、観客を楽しませる事を一義としている感じだ。
ピエロが「滑稽」だとすれば、クラウンは「娯楽」…笑いを「共有する」ということが大きく違う。
晴れた秋空の下での時間は、有意義なものだった。
「みんながひとかたまりになって楽しむ」ということは、普段ではそうはあるものじゃない。
小さな「町」での公演ではあったけど、中には違う町からわざわざ駈けつける、私のような他所者もいる。
老若男女、顔見知り、見知らぬどうしが笑いあう。
「こんなこと」は、個性化、核家族化が進み…家庭内でさえ、各々が「テリトリー」を重視するあまりに「スタンドアロン」となっている現代では稀有な事と言いきっても良いだろう。
暗い話題をニュースで見ない日は無い。
「次は我が身か?」と怯える日々は、空っ風よりもまだずっと冷たくて乾燥した「冬」を呼びこんでいる。
暖かい「コタツ」が必要なのだ。
テレビの「お笑い」は、嫌な事を「忘れる」事は出来ても「解消」する事は出来ない。
それは彼等の「芸」が、日常の事件を探し出してフィチャリングすることに特化しているからだろう。
これでは「渇き」は止まらない。
むしろ増すばかりになっていくだろう。
それらと異しているのが、クラウンの芸だ。
クラウンの芸は基本的に「楽」に基づいているから、だれも傷つかない。
だからこそ、命いつ果てるか知らぬ、幼い子供達にも「受け入れられる」…これはどんな現代医薬「特効薬」でも実現不可な「治癒方」と言えるだろう。
今、この国には「道化」はいっぱいいる。
自分を「安く」見せて同情を買うような若者がいて、一見「カッコ悪い」ように見せたい、庶民的(?)総裁もいらっしゃる。
自分が何かの「道化」になれないで、なおかつ「踏ん張る事も出来ない」若者は、ナイフを懐に街角に立つ。
…もう「道化」は要らない、と、そんな風に思う。
一時でも良い…「心から笑いたい」のだ!!。
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