「SAS」に捧ぐ!
…思い出すこと今や…何年前だっけ?。
アナタ方が「意味解読不明」な歌詞を引っさげ、夏の海岸べりを歩くような格好をして、トウモロコシや浮き袋の代わりにギターを抱えて「がなりだした」TVを見たのは。
目が丸くなりましたよ、私ゃぁ!。
まだ未成年で穢れを知らない私に、思いっきり「毒霧攻撃」って感じでした。
思えば、ビートルズがブレイクし始めた時の、イングランドの興奮も「こんなだった」のかもしれませんね。
画面の下の「字幕」が出て、ようやっと「何言ってるのか」がわかりました。
またその字幕の、流れの速さったらもう…歌とシンクロしてるのかどうか…。
何もかもが「新しかった」。
毒霧を浴びた青少年は、かくして自分も「感化」されていったわけです。
チャリンコに乗りながら「♪ら、ら、らららら、らららー」と歌いながら通う学校。
「サザン・オール・スターズ」はアッというまに夢のトゥナイト…もとい…アッと言うまに我々の「愛聴歌」となっていきました。
ホントにいつでも、どこかでサザンの「お世話」になってた気がする。
夏になるたびに、どこかでサザンの歌が聞こえてきた。
ハッピーなロックでウキウキした気分になれたし「栞のテーマ」みたいな「しんみりした曲」もしみじみして良かった。
84年…「幼さ」から「大人」に。
まるで歩調を合せてくれるかのように、サザンの歌もアダルトになっていく。
「ミス ブランニューデイ」「バイ バイ マイラブ」「メロディ」と、
「詩の深さ」と「優れた曲調」を併せ持つ名曲がリリースされた。
サザンの歌は「流れるようで、深い」と思う。
気軽に聞ける雰囲気を持ちながらも、何度も繰り返し聞きたくなる。
聞く場所も「カーステレオから流れる」ときもあり「ヘッドフォン」でじっくり聞いたときもある。
つまり…「オールマイティー」なんだ!。
「日本で一番、ビートルズに近いバンドは?」
そう問われたなら迷わず「サザンオールスターズ」を、私は推すだろう。
それは日本人お得意の「モノマネ」じゃなく、あくまでもその「影響力」を指し、そう言いたい。
…あの「お騒がせバンド」が、赤ん坊が大人になるくらいの年月の間、ずっと多くの人に支持されて来たということが全てを物語っているだろう。
そう…「南天の星たち」は永遠だ!!。
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コメント
この内容(SAS)に対してカキコするのはかなりためらいがありました。何せ思い出や言いたい事が多過ぎて……。
それでも今、ケータイをピコピコやっているのは、やはり「オレにも語らせろ」という意志があるからなのでしょうね。
サザンオールスターズがデビューした時、私は大学受験生でした。確か夏休みのある夜、テレビの「夜のヒットスタジオ」という番組を見ていると、調度ゲスト出演していたブラジルのサンバチームとノリノリで「勝手にシンドバット」を演奏している彼らに出会ったのです。ショックでしたね。何がって、サンバというリズムに日本語を完璧に乗せていたという事実にです。
当時、ちまたでは原田真二・チャー・ツイストが「ロック御三家」と言われ、またまた日本のロックの王としては矢沢永吉が「ヨロシク」と頑張っていたのですが、レッド・ツェッペリン、ディープ・パープル、キッス、イーグルスなど英米のロックを聞いていた私にはボーカルが弱い、知性が感じられない、そして何より「日本語がリズムに乗っていない」としか思えませんでした。
「まだ70年代初めのサディスティック・ミカ・バンドやはっぴいえんどの方が言葉の選び方が上手かったよな。これが日本語のロックの限界なのかな」と思っていた頃に私はサザンオールスターズに出会った訳です。
恐らくそれから10日程経った頃、彼らは「ザ・ベスト10」のスポットライトのコーナーに出演。ライブハウスからの中継の形式を取った中で、オーディエンスとまたまたノリノリで「勝手にシンドバット」を演奏。更に最後には「ただの目立ちたがりやの芸人で〜す」という桑田佳祐の自己紹介を入れて、彼らの中継は終了しました。
ここからこの曲はじわじわとチャートを上昇。秋の終わりにはオリコンの3位にまで駆け上がりました。私の高校の文化祭(確か9月だったかな)でも後夜祭で、何度も何度も「ラララ〜、ラララ、ラララ〜」「今何時?」と繰り返し歌ったのを覚えています(ほとんどの人が早口の桑田佳祐の歌詞を覚えていなかったので、そこしか歌えなかった)。
デビューアルバム「熱い胸騒ぎ」にはじまり、「いとしのエリー」収録の「10ナンバーズ・カラット」、「タイニィ・バブルス」「ステレオ太陽族」「ヌードマン」「人気者で行こう」と毎年毎年出すアルバムごとにスケール・アップを続けた彼ら。そうそれはビートルズやレッド・ツェッペリンがそうだったようにスーパースターの条件と言えるでしょう。そしてそのピークが1985年の「KAMAKURA」でしょうね。私はこのアルバムがいち早く手に入れた友人から聞かせてもらったのですが、実験作でありながら統一性があり、整合性がありながら新しい事にチャレンジしている。更にシンプルなところは徹底的に無駄を省き、手を加えるところはそれ以上必要がない程のアレンジが施されていました。「日本のロック史上の最高傑作!」というのが私と友人の結論でした。と同時にサザンオールスターズが時代の最先端のバンドだったのはここまでと言っていいでしょう。
その後は由子夫人の出産等による休養期間を経てバンド活動を再開しますが、時代の最先端はBOOXY、GRAY、X-JAPANなどに移り、サザンオールスターズはロック界の大御所バンドとしてのポジションを確保。現在に至るというところでしょうか。
大御所バンドとしてもヒット曲を出し続けるサザンオールスターズも好きですが、個人的には「次は何をやるんだろう」という緊張感とワクワク感に常に応えてくれていた1985年までのサザンオールスターズを私は心から愛しています。
投稿: さいたま熊 | 2008年12月 7日 (日) 13時49分
(゚0゚)うわぁ~!!。
「超長文」のコメント、ありがとうございます…と同時に、ご苦労様でした!。
サザンへの「愛」に溢れたコメントで、しっかりと読ませていただきました。
サザンはいつでも「私の青春」と一緒にいたような気がします。
熱狂的なファンというわけでもなく、普通にヒット曲を聞き流したくらいでしたが…不思議なものですね、曲を聞くといつも「そのときの場面」が明確に思い出せるんです。
「SAS」は、本当に「キラ星」みたいなバンドでした。
投稿: るみくす | 2008年12月 7日 (日) 23時29分