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2009年6月 7日 (日)

「いじめ」対策?

また「ニュースネタ」。

ココログニュースの「迫力のいじめ対策に反響」に目が向いてクリックしてみた。
「なんちゃって教育家」の森口朗さんが、パネラーとして参加したときに聞いたある「いじめ対策」の発表を、ご自身のブログで書かれているのだが、私が見る限りでは「迫力のいじめ対策」などという見出しとは遠く、非常に合理的で、効果的な方法だな、と思った。

私自身は「いじめ対策」という言い方が好きではなく、「いじめ」は幼少時の「環境」でかなり減少できるものという考えを持っているので、殊更「対策」を前面に押し出すのはどうかと思うのだが、しかし実際に「いじめ」は日々どこかの教室で起こっているわけだから、これも止むを得ないのかな?と思う。

「事実」を言及し、複数の人間が把握することは大事なことだ。
これをおろそかにすることは、事実の誤認を生むし、正確な情報が得られないから、対策方針を狂わせる元凶ともなる。
いじめる側、いじめられる側ともに、未来への影響はとてつもなく大きいだろう。

しかし、本来は大人が「手助け」はしても「解決」はしなかったのが、子供社会の「ゴタゴタ」だったはずだ。
子供にも「大人の常識」に通じるものはあり、それゆえに大人は安心して子供に「自治」を任せることが出来たのだ。
人間は「強者の理論」だけで成り立っているわけじゃないから
「お前、の(ピー)太のくせに生意気だぞ!」
…などという「理不尽」が罷り通ってはいけないのである。
これは「大人社会」でも同じだったはずで、競争社会の塊であるところの「資本主義社会」であっても、卑怯者は卑怯者だし、禁じ手はちゃんと有効だったのだ。
大人社会のモラルが崩壊し「金×3」の世の中を人々が認め始めたときから、子供社会もやはり崩壊してしまったのである。

「私たちには何が必要だったのか」を知るには、崩壊した時間の何倍もの時間と、長く苦しい時間が必要になるだろう。
そしてそれを真摯に見つめようとする「目」も。
これは容易なことじゃないし、ひょっとしたら「手遅れかな」という絶望的な思いがよぎることもある。
「対策」は、所詮は「パッチあて」に過ぎない。
本気でやるならば「その上」を望まなきゃ無理だろうと、私は思う。

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コメント

んばんは。
今、結構気合いれてコメント書いたんすが、
操作間違って消えてしまいました。
( ̄▽ ̄)

なので、かいつまんで書きます。

「僕は、金x3な生き方はしてませーん!皆さん笑ってくださーい!(≧∇≦)」


あーこれで、るみくすさんに伝わるんやろか?(;´Д`A ```

投稿: 豊岡鉄道絵部長 | 2009年6月 8日 (月) 21時35分

ヘイヘイヘイ!イエィ!!。
(*^ー゚)b
…しっかり、伝わりまっせ!。

金…金が、金がナンダァ!。

ホ…ホ・シ・イ・ゾ~!…って、言ってる事、違うやないかーい!。
(ニセ男爵 るみくす)

投稿: るみくす | 2009年6月 8日 (月) 23時48分

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