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2009年8月12日 (水)

今日という日は

あれから早や24年が過ぎたということだ。
1985年8月12日、日航ジャンボ123便が長野、群馬県境の「御巣鷹山」に激突し、大破炎上した大事故から24年が過ぎようとしている。

今日の群馬県の朝は晴れている。
東北地方では今年は「梅雨明けは無い」ということで、雨が降り続く日が続いている。
お盆はどうにか晴れそうだ。

24年前の夏…あの時は暑かった。
そんな記憶がある。
熱気と汗の「高校球児」達が、一本の旗をめぐり戦う「甲子園」。
その一方で同じように熱気と汗と、そして「泥」にまみれながら、眼前の惨劇と戦っている人たちが居る。
そして私は…自らの身体の中の「惨状」を意識しながら「彼ら」への想いをはせていた。


123便の事故に関わってきた人が、この群馬には多数存在する。
だから、色々な人と「御巣鷹」の話をするとき「…実はね」ということで「又聞き」ではあるのだけれど、色々な「逸話」を聞くことになる。
それは本当に生々しい、現実味溢れる話であることが多い…現地での話や、遺体収容場所にまつわる話し…話の内容もさることながら、一番驚かされるのは「民間人が多数動いたという事実」だ。
他所の人にはひとえには実感できないものかもしれない。
しかし、あの夏の日にここ群馬県は文字通りに「揺れた」のだ!。

映画「クライマーズ・ハイ」でも、そのときの雰囲気の一部は感じ取れると思う。
原作者の横山さんは、元は地元の新聞記者であり、御巣鷹の事故では最前線で活躍された方と聞く。
だからこそ「周囲の人間模様までが一変した」ということは「事実」なのだ。
あれは脚色も交えた「物語」ではあるが、底流に流れているのは、紛れも無い「あのとき」の群馬なのだ。
…有事のように空を何度も旋回するヘリコプター。
榛名山の麓からも、双発の黒いヘリが何度も南の空に向かって飛び立っていく。
私は自宅の小さい窓から、小さい空を横切るいくつもの機影を見た。


あの夏から24年が過ぎようとしている。
…昔、あるアイドル歌手がビルの屋上から身を投げ、死んだ。
その「後釜」として、事務所が強力にプッシュし、バックアップしてきた「タレント」が「覚せい剤所持」の疑いで警察に逮捕され、拘留中である。
「台風9号」は小型ながらも大変な降雨量を記録し、洪水被害などで死傷者もでている。
昨日は「震度6弱」の地震が駿河湾内で発生し、高速道路などに多大な被害が出ている。

私は…あの「御巣鷹」の山に日航機が墜落したその時から、なんというか「地割れ」が拡がっていくように、この国が「壊れ始めている」ような錯覚を覚えるときがある。
これは「当事者」ならではの「感傷」に過ぎないことは良くわかっているのだけど、人の心が、日本の国土が、崖の上の砂がさらさらと零れ落ち、やがて音を立てながら崩れ落ちていくように、徐々に、そして突然に「崩壊して」しまうんじゃないか?と思えるのだ。
私にとっての「御巣鷹」は、米国人の「グランド・ゼロ」のようなものなのかもしれない。


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