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2010年6月 2日 (水)

「木綿のハンカチーフ」 太田裕美

「作詞家 松本隆」は、私にとっては青春時代を同期し、時代とともにあった歌を排出してきたメモリアルである。
数々数多ある日本の作詞家の中で、個人的にヴィヴィットするアーティストというのは限られると思うが、松本はそんな中でも「出色」の存在だろう。

70年代終りから、80年代の終りまで、時代は変化の様相を大きく見せながらも、その「動き」には一貫性があり、それゆえの「大きさ」というものがあった。
若い人も、年老いた人も、ひとつの「時代」という中で、それぞれの人生を見つめながら生きていたところがあったと思う。

そんな中発表されたのが「木綿のハンカチーフ」という曲だった。
木綿のハンカチーフ 太田裕美 歌詞情報 - goo 音楽

経済成長は人口の流動を激しくした。
「田舎で生まれた」ということは、出生の地に対する「束縛」を契約された身の上であるという自我が徐々に瓦解、開放されてきたのが、この年代と言えるだろう。

「木綿のハンカチーフ」に出てくる男と女は、田舎で育まれた愛の暮らしというものの「決別」を、男の都会への「憧憬」で迎えることになる。
男は、恋人に想いを伝え、しかし返事を待たないままに都会への「旅立ち」を決める。
彼の「想い」に対して、女はすぐさまに答えを返す。
それは丁度、現在の携帯電話でのメールのようでもあり、歌会の返歌のようでもあり…いずれにせよ、恋愛の上での男女の「問い掛け」というものを、率直に歌詞に応用している、松本の作詞センスが光っている。

また、この歌の中で松本は少なくとも2つの「効果」を使っている。
ひとつが「時間」。
ひとつの曲の中に「春夏秋冬」、もしくは「起承転結」という「時間の流れ」というものを導入しているのだ。
春の「巣立ちの季節」から、冬の「終りの季節」まで。
またはひとつの物語の「始まり」から「結び」までを、曲中で語っている。
それゆえに男女の「受け答え」は、8回4セットになっており、一見「4番まで有る」というのは珍しいパターンと言えるだろう。

ふたつめの効果が「比較」。
男が都会へと赴き、その形を「街」へと変えていくのに対し、女は「故郷」という場所に拘ることで、二つの「人生」の比較模様も盛り込んでいるのだ。
「木綿のハンカチーフ」という題名そのものからしてそう。
「木綿」というのは、今ではエコブームもあり、シンプルで自然な風合いが愛されているが、当時の印象としては「野暮ったい」とか「地味」とかいう、パッとしないものだった。
「ハンカチーフ」というのは、単に「ハンカチ」という言い方が当時でも普通だったところを、わざと「ハンカチーフ」と書くことで、都会的なニュアンスを出しているようだ。

つまり彼女と彼が離れていく時に、彼女が彼に求めた「プレゼント」は「彼と私のつながり」ともいえるものだったと解釈できるだろう。
「都会のもの」という意味での「指輪」も、彼女は拒否し続けた。
彼女の故郷にかける想いは、彼には理解できはしなかったのだろう。
最初から最後まで、彼女は結局、彼が都会に染まることを憂い、そして認めたくは無かったのだ。
これは女性ゆえの「安定」、そして「故郷」という中に「母親」としての自分を規定しているということも言えるだろうか。

こう考えていくと、この曲の中で描かれている男女の姿は「最初から決まっていたストーリー」なのかもしれない。
そしてこの曲は、当時同じような選択をしたであろう恋人たちへの「その後のエール」なのだろうか。

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