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2010年7月15日 (木)

「上海エレジー」 南こうせつ

「中国大国」…「中国大陸」をちょっともじってみました(笑)。

昔…今を去ること20年以上も前のこと、私は「上海の夜風」に身を浸していました。
対岸には「水上ホテル」のネオンが煌びやかで、それに対して街灯も少なくて薄暗い公園内には、家族連れやカップル(男同士もいっぱいいる!)の姿が薄闇に見え、それはどこか日本の縁日の風景のようでした。

なんともいえない「ノスタルジー」に、私は故国日本を思い出していました。
家族の顔を思い出し、故郷の風景を思い出しました。
また「ここにいたるまでの」さまざまな出来事が、まるで夢だったかのように思えてきて、不思議な懐かしさの中に身を置いていました。

ただ「風が違う」のです。
故郷の群馬は盆地気候ですから、この初秋のころはまだ暑く、夏の名残が消え去っていないのです。
湿気を含んだ暑さですから、たとえ夜の川のほとりであっても、汗にじんわりと顔が濡れるのです。

上海はそうではありませんでした。
川面を伝って流れる風は、あくまでも乾いていて、クーラーの風のようです。
不思議なくらいに羽虫なども飛んでいません。
極めて快適な「夜の散歩」でした。

上海には「モダンジャズ」で有名な「平和飯店」の地下Barがあります。
映画などで有名になりましたが、プレイヤーはみな、人生の機微を顔に刻み付けたような、先輩たちばかりでした。
私はマティーニなど口に何度か運んでいましたが、痛飲するわけには行かない立場だったので「白熊猫」(パンダ)というカクテルを「美味しい」を連発する女性陣を横目に見ながら、ほろ酔い加減でした。
そんな後での夜の散歩でしたから、尚更に風が心地良かったのでしょうね。


「上海エレジー」
という渋い題名が似合わないほど、この曲は「こうせつ」の明るさに彩られている。
松本隆が実際に上海に訪れたかどうかは知らない。
しかし実際に私が訪れた頃の上海は、こんな風な子供たちがたくさんいた街でした。

ちょっと煤けたような浅黒い肌も、スカートをはかないで、地味に染められた国民服のようなズボンも、真っ黒で艶やかな黒髪も、みんなみんな「あったような風景」でした。
この曲を聞くと、あの懐かしい風景を思い出します。
今でも「あの街」は変わらないのだろうか?と、すっかり経済大国になってしまった中国の姿をTVで見ながら、缶ビールをまたひとつ開ける私なのです。

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コメント

突然のメールお許し下さい。
るみくすさんの「上海エレジー」の文を拝読し少々感銘を受けましたので、メールを差し上げたく思いました。
私も長く中国とかかわる仕事をしていまして、上海にも何度となく訪れています。1998年に初めて上海の地を踏みました。
趣味で弾き語りをやっています。「上海エレジー」を何時かステージで唄いたいと想いながらも、結構独りで弾き語るにはムズカシイ曲に感じています。先ほども「作詞家の松本隆は実際に上海を訪れたんだろうか?」との疑問から、こちらにたどり着いたという次第です。 申し上げたいのは、以前の上海の娘さんにはこの歌のような風情がたしかに有ったと、るみくすさんに共感した事です。現在の上海は惨憺たるものですが・・・。
なぜか、るみくすさんに共感者がいることを伝えたくて、・・・もしかしたら自分自身に確認しているのかもしれませんが。
私はカメラはeosが重くなり最近fujifilmのコンデジをもっぱら携帯しています。
るみくすさん、どこの馬の骨かわからない奴が訳のわからない長文を送りつけて、誠に申し訳ございませんでした。もし私の拙文を読まれることがありましても、悪意があってやったことではないのをご理解下さい。
それでは、お元気で!!

> 澤田豊さん

コメントありがとうございました!。

上海…懐かしいですね。

当時は、上海、西安、北京の各都市を1週間近くかけて周るツアーに参加していました。
初日が上海で、着いたその日の夜、ジャズを堪能した足で、近くの川の畔を散策したものでした。

薄暗い河畔に、子供たちが手首につけていたネオリウムの輪が揺れて光っていて、日本の縁日を彷彿とさせていました。
「こんなに遠いのに、何故か近いなぁ」
…そんな感慨が溢れてきたのを覚えています。

当時の中国には、確かに「お隣さん意識」がありました。
それは多分、両国とも感じていたものと思います。
「彼等」は、仔細を言えば確かに日本人とは違う印象を受けるところはありますが、同じような道徳心、親切さというものは確かに感じました。

道がわからなければ、身振り手振りでわかるまで懸命に教えてくれた人。
ちょっと特殊なツアーでしたが、コチラが難渋していると「おい、どうしたらいいんだ!教えろ!」と、コチラを取り囲みながらまくしたてて、意思が通じれば率先して手伝ってくれました。

すべてが「熱い国」でした。
中華料理の炎のような、ごうごうと滾る油鍋のような…そんなエネルギーを内包する国でした。
きっとそれは今も変わりないと思います。
ただ…あまりにも「過ぎてしまって」自分たちでもコントロールができなくなっているのかな?と、昨今のニュースを見るたびに思います。

出来る事であれば、もう少し良好な関係になるまで、時が許してくれるならいいのですが…。

るみくすさん、返信を有難う御座いました。

>全てが熱い国
確かにそうですね。
初めて上海の街を歩いた時感じたことは、
「雑多」「カオス」の感じと、行き交う若者の目つきが完全に我が国の若者のそれと違い、「何かわからんけど、やったるデ!」というようなギラギラしているようでした。「生き馬の目を抜く」とはこういう街のことかと妙に感心したことを覚えています。
こちらとしては「悠久四千年の国や~」との当初の思いとギャップがあまりにも有り過ぎ、ビジネスでも面喰いました。
「過ぎたるは及ばざるが如し」とはかの国の大思想家が日本に教えてくれた事なんですけどね(笑)

るみくすさん、御迷惑でなければ今後、時々フォローさせて頂くのをお許し下さい。、
文才のない私としては、ブログでしっかりご自分の意見を述べられているのが羨ましいです。
宜しくお願いいたします。

>澤田豊さん

>るみくすさん、御迷惑でなければ今後、時々フォローさせて頂くのをお許し下さい。

どうぞどうぞ(^_^)。
こちらこそよろしくお願い致します。

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