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2010年7月11日 (日)

「アゲイン」 アグネス・チャン

外国、特にアジア圏で才能を見出され、マーケットの大きさ故に日本でデビューした歌手は多い。
「アグネス・チャン」も理由は同じだ。

しかしこういったパターンで日本デビューした歌手は、そのあまりにも愚かなマーケット戦略により、なんらかの「精神的ダメージ」を余儀なくされることがある。
彼女は香港では、幼いながらも「実力派歌手」として通っていた。
ギターを弾きながらジョニ・ミッチェルの「サークルゲーム」を歌う彼女に、日本のアイドルの面影はない。

慣れない日本語、無闇に短いスカート、執拗なローアングルからのカメラワーク…なにもかもが今までにないものだった。
さぞや彼女は狼狽したことだろう。

デビュー当時は「ひなげしの花」のような「カワイイ系」の歌を歌っていた彼女だが、年齢を増すに連れ「その世界」は大人っぽくなり、歌詞もそれにつれ複雑になっていった。
元よりが、しっかりとした歌唱力を持つ彼女だが、同じ曲であっても日本語と、英語や広東語では歌い方は全く異なってしまう。
その後彼女は一度日本から離れ、香港で活動し「归来的燕子(帰って来たツバメ)」などのヒットをとばす。
その歌声は心なしか日本にいる時よりも生き生きとし、伸びやかに感じられる。
故郷というものは、そういったものなのだろうか。


さて、その香港に渡る前に作られた曲には名曲が多い。
「春不遠」(はるとおからじ)などは「どうして彼女なの?」と思わず誰かに聞きたくなってしまう。
彼女の歌唱力に不満があるわけではない。
日本語に不慣れな彼女に歌わせるのが、あまりにも酷だという話しだ。

「アゲイン」 作詞:松本隆 作曲:吉田拓郎
なども、そう言えるだろう。

この歌の歌詞を見ると、思わず胸に込み上げてくる思いがある。
「おかえり ただいま どこに行ってきたの」
…歌詞の所々には「中国」を思い起こさせるような言葉が並び、まるで彼女の「帰郷」の風景のようだ。
「…愛の靴を履いて 走る私よ」
「愛の靴」というのは、きっと家族に囲まれて育まれた愛…彼女が自分で走るための「足」を優しく包むように、拵えられた「愛の靴」なのだ。
 
この時、たぶん松本は、彼女の「思い」を良く知っていたのだと思われる。
彼女の願いもきっと知っていて、彼女のためにこの曲を作ったのだと思う。
松本隆という人は、そういう人なのだろう。

しかし曲の最後では、こう結ばれているのだ。
「アゲイン・アゲイン もう一度…花の指輪はめて 君を待つよと」
「私たちの心 ふり出しに戻りたい」
…花の指輪、とは「ひなげしの花」の暗示だろう。
やはり彼は彼女に「それでも帰ってこいよ」と呼びかけている。


実際はこのレコードがカッティングされたのは、彼女がカナダへの留学から帰り、再デビューをした1978年のことである。
しかし歌詞を見る限り、どうみても故郷への帰国を指し示しているようにしか見えない。
この辺の事情についてはいろいろありそうな感じだが、詳細は不明だ。

再デビューを果たしての曲がこの「アゲイン」だったことは、おそらく彼女も、そして松本も不満であったろう。
しかし、どのようなシチュエイションであれ、名曲が名曲であることは変わりがない。
優れた曲は、時間が経っても色褪せないものだ、ということを、この曲は証明をしている。

*参照ページ:takimariの音楽な自由時間

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