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2010年9月 1日 (水)

「振り向けばイエスタディ」 太田裕美

またまた太田裕美だ。

「振り向けばイエスタディ」
は、作詞:松本隆、作曲:筒美京平というGコンビ+太田裕美の「パーフェクト・トライアングル」だ。

松本作品としては異例と言ってもいいような、率直な言葉の列が並ぶ作品になっている。
それゆえに素直に聞き手の胸をうつような、爽やかさを感じる。

三昔前のキャンパス・ライフは、ちょうどこんな風な風景が見られたのだろうか?。
私は大学に行っていないので想像の範疇を出ないのだけど、印象ではこの歌詞のように、外連味無い、自然で豊かな光景が当たり前だったのかもしれない。


「愛って何?若さって、何?」
…そう無邪気に若い恋人に聞く少女は、青春という豊穣な光の中で問う。
若い恋人は、どぎまぎする心を隠しきれず、狼狽しながらも答えを懸命に探している。
やがて朝の光がふたりの「問い」を溶かしてしまうようにして、その問答は終わる。
…再びの夜を迎えるまでの僅かな間は。


…時間が経ち、二人は離ればなれになり「あの朝の時」は永遠に戻らなくなった。
街で偶然に出会う二人の会話は、どこかたどたどしい。
言葉が流れるように唇から出てきた「むかし」は、二人の間では「思い出」でしかない。

「思い出は懐かしい友達」
…大きな川のように、様々なものを飲み込みながら流れ行く時間。
過ぎ去った「過去」は、最早川の流れに揉まれながら下っていく自分には、声も届かない故里の友人たちのようだ。

結婚し、苗字が変わったときに「何と呼んだらいいか」と「若かった恋人」は考える。
答えはもう、出ている。
どんなふうに呼んだとしても、それはもう「昔の君」への呼びかけにはならない。
…ただ「呼び方を変えなければいけない」という「小さな感傷」が、現実にまみれながら生きている彼に「針」のように存在しているだけだ。

そう…呼びかけても届かないことを知りながらの「さようなら」なのである。
振り向くほどに、昨日という日は遠くなっていくのだから。

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