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2010年9月23日 (木)

彼岸を迎えて

うっかりして「彼岸花のピーク」を忘れたままに過ごしてしまった。
それくらいに今年は「秋」という実感が少なかったのだろう。
今日は朝から「そぼ降る雨」だ。

彼岸花というよりは「ひがんばな」と平仮名が良い。
もしくは「曼珠沙華」と漢字でかき、それに「マンジュシャカ」とルビふりならもっと良い。

写真にしようと思うと、これが「とんでもなく難しい花」であり、いつも惨憺たる状態の結果を見たことを思い出す。
ピントをどこに据えるかの基準が難しくて、あの独特の「丸さ」が全く出ないのだ。
今までに何百回シャッターを切ったかわからないが、会心に至ったことなど一度もないのだから。

彼岸花は「秋の花」だ。
コスモスなど名の通り「秋桜」で、正しく代表的な花なのだが、狩人の「コスモス街道」の大ヒット以来、日本中に「コスモス街道」が出来、そして「コスモス畑」なるものが出来てから、風情がまるで無くなってしまった。
コスモスは、なんとなく路端で秋風に揺られている風情がいいのであって、集団でどさどさと咲いていてキレイなものではない。
清楚な女性がわんさか集まってる「美人コンテスト」があったとしたら、白けるでしょ?。
薔薇とか、椿とか、百合とか…ああいう「派手なタイプの花」が混じっているから、華やかで綺麗なのにね。

それに比べると「彼岸花」は集団でも映える。
正しく「天上の世界」のような「別世界」が展開されるようだ。
しかしその「天上の世界」は、そう長くは持たない。
大抵の場所が日陰で、花持ちは良い方なのだけれど、それでもピークは1週間もないのだ。


今年は本当に暑かった。
あまりにも加熱しすぎていた結果、気持ちに余裕が無くなったようだ。
「温暖化」の影響で、一番問題なのは自然破壊もそうなのだろうけど、人の気持ちが瓦解してしまうということかもしれない。
人間は環境の動物とは言うけど、まさしくそうだと思える。

経済破綻とか、地球的規模の不況とか言うけど「人間が引き起こしたもの」だけじゃ、ここまで世界は荒れないだろう、という気がする。
自然環境が変化し、気持ちが荒れて、それが何らかの行動にまで波及する。
そしてこれは「貧富の差」無く、同様に訪れるという「脅威」だ。
エアコンの有無とか関係ない。
自分の中の「過去データベース」を破壊する、悪質なウイルスみたいなものだからだ。

人心を蝕む「温暖化の恐怖」。
これに気づく人、または気づいた人はどれくらいいるだろうか?。
暑さが、集中豪雨が、人の「情緒」を破壊していく。
元々が「四季に習って」生活を送ってきた日本人が、それを根底から崩されてしまったのだ。
花を愛でる余裕もないくらい、忘れてしまうくらいに、今年の夏は異様だった。


今年の秋は気持ちをリカバーしないと、冬がきっと辛くなりそうな気がする。
その意味で花など愛でに行きたいところだ。
さて、どこに行こうかな…。

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