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2012年4月11日 (水)

青野武さんについて

声優・俳優の「青野武」さんが亡くなられた。
75歳だった。
長い闘病生活の果ての死という、悲しい現実が報道されていた。
まずは御冥福をお祈りしたい。


アニメの吹き替えの声優さんは、それが仕事であるが故、個性的な声を持っていらっしゃる方が多い。
個性と一口に言っても色々で、特に「声」というものは「トーン」だとか、数値的に「わかりやすい」特徴ばかりではなく「抑揚」や「掠れ」、はたまた「伸び」や「呻吟(しんぎん)」(辞書どおりの意ではなく「うめく」感じ、唸る感じ)といったものが、意識的にも、無意識的にも含まれる。

歌手の「歌声」と同じように「同じセリフ」を違う人が喋っても、受ける印象はまるで違うことが多い。
「新ルパン」の声優陣がガラっとメンバー換えしたのは過去に書いたけど、どんなに技術的に「上手い」人が吹替えようとも、受ける感じは微妙に違ってくる。
意識的に先達のキャラを壊さぬように、と細心配慮をしてもそうなるのだ。
「声」というものは、人間の深層心理に及ぼす影響は大きなものがある。

青野さんの声は、私の印象では「大人の人の声」だった。
成熟した男らしさが滲む声で、私は大好きだった。
特に「宇宙戦艦ヤマト」の「真田技師長」の吹替えは印象的で、若々しいが青さも感じる「古代進」役の「富山敬」さんとの「掛け合い」の場面では、そういった特性が際立っていた。
アニメのキャラそのものの魅力もあるが、ヤマトの中では「一番好きなキャラ」が「真田志郎」であり、そういった意味で青野さんの存在は大きかった。


ウィキペディアで調べてみると、何度も何度もマウスのスクロールダイアルを回さないと終わらないくらいに、青野さんの履歴は多い。
主役級はほとんど無いが「ピッコロ大魔王」や「シャーマンキング」の「麻倉葉明」といった「ストーリーの根幹に近い部分にいるキャラ」の吹替えがとても多い。
物語を「回していくために」彼の存在は重宝だったのに違いない。
それが数多くの履歴を形作ってきたのだろう。

「こんなこともあろうかと」
…というのは、ヤマトでの真田技師長の一言であった。
しかし調べてみるとどうやら「多発しているセリフ」だと思っていたものの、使われていたのはなんと一度きり。
しかも実際は「多分こんな事もあろうと思って」であり、微妙な違いが見られる。

思い出せば確かに、ヤマトでの真田技師長は「スーパーマン的」というか「どっからそんなものもってきたの?」という「ビックリ箱」を良く開いたものだった。
しかもそれを周りが疑問視しないという(笑)…なんとも「場当たり的」というか「大らかな」展開がヤマトには良く見られた。

しかし、そういった「場当たり的」な展開を「どうにか収めてしまう」というのも、青野さんの「天才性」ならではと言う見方も出来よう。
もし、自分が吐くセリフに「迷い」があれば、いかな子供であっても「それ」に猜疑の目も向けるというもの。
馬鹿にしてれば尚更だろう。
…しかし「そうならなかった」のは、彼が「真剣だったから」だ、と思いたいのだ。

声優という仕事は、今ではちゃんとステイタスとなっているけど、昔は「売れない俳優」の「つなぎ仕事」でしかなかった。
彼も俳優が先であり、声優は「二番目」の仕事であったに違いない。
それでも「ピッコロの肌は緑色だから…」と、イメーションを膨らませ、全力で仕事に臨む。
時に実際に「着ぐるみ」を着てみて、その大変さを理解しようとする。
そんなエピソードから伺えるのは、やはり役どおりの「真摯な人」であった。


声にはきっと、人格がうつるに違いない。
「ヤマト」の声優陣も鬼籍に入られる人が増えてきた。
ますます「昭和」が遠くなった、と実感するこの頃である。

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