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2018年7月

2018年7月28日 (土)

埋もれていた「モノ」たち

過去、私はとある社会運動に「参加」していたことがある。
お世辞にも大きな団体ではなくて、小さな団体であり、かつ、極めて平和的というか、先鋭的では「無い」団体だったが。
その中で「差別反対」などとも口にしていたものだけど…正直なところその当時、私は「差別」というものを身近に感じていたことはなかった。

しかし昨今、一部の政治家たちがSNSなどを通じて出すコメントには、あからさまな「差別感」が浮かびだしている。
大国の大統領から、我が国の政治家連中まで、多くの人間が「差別的な言動」を展開している。
私が青春時代に通過してきたものと、それはまるで異なるものだ。

「私たち」は、いわゆる「社会的弱者」と「共闘」をこころみてきた。
まあ、共闘と言ってもそれもまた強力なものじゃなく、いわゆる「街角の声」程度のものだった。
しかしそれはあくまでも「弱者とともに」という意識であったから、基本は「手を差し伸べようとすること」であり、破壊というものを理念とするような部分とは一線を画すものだったと思う。
「それが良かった」というか「それで良かった」のだ。
時代も、私の嗜好にしても、そういう世界がしっくりと来た。

現在を鑑みてみると、それがまるで「昔語り」のように、あまりの「変貌」に驚嘆するしか無くなってしまう。
まるで浦島太郎だ。
そしてそういった「他者への攻撃願望」や「あからさまな差別感」というものが、一見おとなしそうな日本人の中に色濃く存在していたことに対し、絶望的な気分になる。

一介の政治家が「生産性」というものを主眼として、同性愛者や未婚の人たちを詰る。
あまりに滑稽で、あまりに理不尽なその思想性に対して、最早馬鹿らしさを通り過ぎて、情けなさしか感じられなくなる。
昔、私が感じていた「豊かなり、日本」という感想は、あれは幻であったのか?。
ただ単に、経済的な向上だけをもって「ジャパン・アズ・ナンバーワン」を謳っていただけなのか?。
日本人の根幹にある、おどろおどろしい「澱」のようなモノが、皮肉にもそれに平伏して生きる人の手によって「日の目」を浴びようとしているのだ。
なんと、愚かな時代だろうか?。

「ここ」を越えていかない限り、日本という国は、世界から真に認められることはないだろうと思う。
件の国会議員の発言は、おそらくは世界に発信もされていて、どこかの国で、どこかの国民がそれを見て苦笑ったり、怒ったり、呆れたりしているのだと思う。
そして「日本という国は、こんな国だったのか?」と、認識を新たにしてしまっているのだろう。
恥ずかしくも情けない話だ。

2018年7月22日 (日)

転換期

西日本で大豪雨による影響で、200人以上の犠牲者が出た。
毎年このような「大災害」が起きるということは、ある意味尋常なことではない。
「自然のことなのだから」というには、我々日本人は過去より自然災害に対しての策を講じてきたのであるから、今更「自然だから」では、些か情けないというか、先人に対して恥ずかしく思える。
近年稀に見る異常事態だからというのは、理由にはならないんじゃないだろうか?。
…というか、その裏に「自惚れ」の気持ちは無いのだろうか?。
もっともっと、自然災害に対しては向き合っていかなきゃいけないんじゃないだろうか?。
目を逸らしてはいけないんだ。

日本人は過去より「川の流れ」と戦ってきた。
これは世界中探しても、ここまで歴史が深く、また、近代的手法を用い、人工的に「それ」を行ってきたということで特質が高いかと思う。
エジプトで「アスワン・ハイ・ダム」が作られたのは、1970年代であるし、ダムを使っての治水が行われる前は、ナイル川の氾濫に対して、人は無力だった。
太古の「王家の時代」には「自然に沿う」ことを重視し、ナイルの氾濫期には農作をせず、公共事業としてのピラミッドづくりを行うことで、飢えを防いでいたということがある。

「川に真正面から立ち向かう」ということを、日本人は厭わなかった。
いや、ある意味「そうしなければ飢えて死ぬ」のだから、そうせざるを得なかったともいえる。
私の地元である群馬県にも、数々の治水や利水の歴史があり、中には「由来が明確でないくらいに古い遺跡」である堀(女堀)というものも一部存在している。

前橋城(厩橋城)なども「関東の華」などと言われたような場所であったが、利根川の流れがあまりにも急流であったため、治水工事を何度も行っている。
結果的には十分に流れを御せなかったようで、一時は城主不在という憂き目にあった場所ではあったが、現在でもその痕跡は十分に見て取れる。
「日本の川」というものは、その特性としての「急流・蛇行・大水」というものを、ほとんどの土地で有しているから、その流れを制御するのは並ハンカなものではない。


しかし、その川の流れに打ち勝つため、日本人は弛まぬ努力をしてきた。
今回の西日本の大雨でも「ダムの放流の可否について」が論争の的になりそうだが、ここで大事なのは
「ダムをいかに使っていくか」であり、問題の本質を「ダムの存在の可否」にすり替えてしまってはいけない。

現在の山地の状況を鑑みるならば、もしダムが無くなってしまえば、それこそ大変な事態が誘発されるのは間違いない。
植林事業は、今の現況を見越して行われてきたものではないから、もしダムが無くなってしまうならば「植樹林」の属性としての「地表を流れる表面水」の受け止め先が無くなってしまうことになる。
ヒノキも杉も針葉樹林であるから、地面の表面の土の露出度は多く、雨が降れば水は留まることなく地表を流れ落ちて行ってしまう。
植林は雑木林と違って、密度が高く植えられていることに加え、根が広範囲に広がっていくことが妨げられている。
なので、大水が一度降ってしまうと、地表の水の流れとともに、表面の土なども流れ落ちてしまい、乾燥などでひび割れた場所から水が入ってしまう。
結果、土砂崩れなどが起きてしまうとともに、大量の土砂と木が、川を流れ降りて行ってしまうという繋がる。
それが橋などを損壊させ、また、流れの曲部などに滞積する形で、堤防の越流を生む。
そしてやがては堤防が破壊されて、大災害へと繋がってしまうのだ。

ダムだけの問題ではないのだ。
治山の問題でもあり、林業・植林の問題でもある。
確かに、旧態依然とした公共事業としてのダム建設とか、ダムを造ることでの山地の住居地への転換とか、そういった問題が今回の西日本豪雨ではあからさまになってしまった。
しかしかといって、それらが必要なくなったというわけではないし、問題点をキチンと洗い出しつつ、治山・治水に対して、それを後退させる必要はない。


時代は確かに転換期を迎えていると感じる。
この異常な高温についてもそうだ。
自然の形を大きく変えてしまうことはできない。
赤城山やら榛名山やらをまるきり「削り取って」熱波を新潟まで流すとか、そんなことはできるはずもない。
根源的なものは、変えることはできないからこそ、出来る範囲での変革は行っていくべきだろう。

2018年7月19日 (木)

北風と太陽

連日35℃「以上」の最高気温を記録し続けている。
まだ7月も終わってもいない今なのに、だ。

流石にコレは私の記憶にも無い。
1か月の間に数回というのは近年あったけど、ここまでスゴイのは経験が無い。
未知の世界だ。
エアコンを点けっぱなしで寝るなんて(まあ、お休みモードにしてあるけど)そんな経験も今年初めてだ。

これはもうお手上げだ。
電気代も吃驚するだろうけど、しょうがない、腹をくくろう。
終わらぬ夏も無いだろうしね。

しかしこれは、太平洋高気圧の仕業だけじゃない。
私の住んでいる土地は盆地で、しかも「上は山、下は平地」という場所だ。
平地からは高気圧の熱が入り込み、北や西でそれが止められている。
その「縁」の中に住んでいるわけだから、夜間の放熱効果も期待できない。

昔は「夕立」というのがあった。
「群馬雷空っ風」というのは、ここの代名詞みたいなものだったが、最近は夕立もとんと来なくなった。
夕空を見上げているとわかるのだが、雷雲はこちらまで近づいては来ない。
どうやら高気圧の縁で、水蒸気が文字通り「霧散」してしまっているようなのだ。
冬季の空っ風も少なくなったし、本格的に世界中の気象は大変化してしまっているようだ。

まあ、世界の気象というのも、私が語るには荷が重すぎる。
私的には「さあ、これからどこに住もうか?」というのを、本格的に模索しだしている。
その中の一つが「小諸・佐久」といった「東信地方都市」だ。

最近は「今日の天候」というものを、一日の終わりにチェックをしている。
私の住む場所と、これらの街の気候を比較してみるためだ。
結果として、今の時期だと、最高気温は3~5℃ほどしか変わらないが、午後3時以降からの気温の下がり具合に大きな差が出ている。
最低気温では約5~7℃ほどの差があり、居住地では熱帯夜であるのに、これらの街では25℃を超える日はほとんど無いことが分かった。
この程度であると、ほぼエアコンを使わないでも寝られるだろう。

夕立の回数も、こちらよりも多い。
これは驚かざるを得ないことだ。
積乱雲が発生しやすいシステムになっているのだろう。
数値だけ見るならば、これは私が中学生の頃の現居住地の気候に似ている。
片や盆地、片や高原に近い標高なのに、だ。

利根川の水量が驚くほど少ない。
上流部にまとまった雨が降っていない証拠だ。
実際、標高が高い水上町などでも、日中は暑く感じているようだ。
こちらでもプールは「芋を洗うがごとき」のようだが、プールなどあまり無い場所ではどうしているのだろう?。
まさか利根川で泳ぐわけにもいかないし…。

この気象変化、もしかしたら過疎化の減少に一役買うかもしれない。
冬季に積雪が少ない地方であるなら、夏季のどうしようもない暑さを防ぐためには、居を移してしまえばいい、というのは考えがちなのではないか?。
モータリゼーションの煽りで、移動は車ということも多くなってきている。
ともすれば、買い物などの生活スタイルも以前と大差なく、案外とすんなりと彼の地に溶け込んでいけるかもしれない。

しかしなにはともあれ、この猛暑はいかんともし難いものがある。
北風と太陽ではないが、結局人を動かすのは「おひさま」なのかもしれぬ。

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