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2019年1月22日 (火)

αに還る

以前にもこのブログに書いたのだけど「α-7000」に初めて出会った時の感動は忘れられない。

隣町の、アマチュア写真愛好家が屯しているような、小さな写真店。
その2階で「ミノルタAF機のプレゼン」がある、という記事を、地元新聞の欄で見かけたのが最初だった。
その時「ミノルタの?」というのが、私の正直な感想で、本格的なAF機を「ミノルタが創り出した」というのが、どうにもピンとこなかったのだ。

当時、AF機というものは「MF機に対しての、AF」という位置づけでしかなかった。
ニコンのF3や、キヤノンのF1に代表されるMF高級機は「その精度や質感」で、写真家を魅了していた。
ファインダーの「キレ」であったり、巻き上げレバーのガッシリ感であったり…「機械としての高級感」なしに、カメラの質というものが語れなかった時代だった。

然るに「巻き上げレバー「も」無いカメラ」というのは、そのカメラに対しての「蔑称」だった。
オモチャだろう、まともな写真なんぞ撮れないカメラだろう、というのが、当時のカメラマンの間では罷り通っていた常識だったのだ。

「ミノルタ」は「XD」シリーズ初め、最高級機とは少しだけ「袂を分けた」カメラづくりをしてきたメーカーだった。
「X-1」などの高級機を出してきた歴史もあるが、それは長くは続かず、単発状態に終わっていた。
私たちアマチュアカメラマンの間では「ミノルタには、ニコンやキャノンほどの技術は無いのだろう」という、ある意味「誤った常識」が罷り通っていたのだ。
そこになんと!「AF・プログラム露出・モータードライブ内蔵」という「スペシャルな機体」を引っ提げ、ミノルタが突如割り込んできたのである。
多くのレンズ群を引き連れ、アクセサリーも揃えて、だ。
そのときのカルチャーショックと言ったら…言葉にならないくらいだった。

隣町のカメラ屋で、初めて実機を触ってみて、そして再び驚かされた。
その「水準の高さ」といったものが、他のメーカーの「それ」に比して「桁違い」だったからだ。
シャッターボタンに触れると、被写体が「張り付くように」感じるほどに速やかに動くAF。
巻き上げレバーなどは無いけど、ショックをあまり感じさせず、静かに動くモータードライブ。
かといって巨大なのかと問われれば、その大きさはドライブを装備したMF機よりも「はるかに小柄」だった。
ファインダーは明るくて、キレも良かった。
ボタンとレバーしかない軍艦部は面食らったが、フォルムそのものは斬新かつ未来的で、直線メインのスタイリングは垢抜けて見えた。
おまけに「単四電池」で動く、ということも、驚かされた一つだった。
モーターを複数内蔵しながらも、これからがちゃんと動くということは、省電力設計が十分になされたという証拠だ。

叔父が買ったカメラを時々持ち出して、撮影もした。
当時の私の愛機は「キヤノンA-1」だったが、妙に相性が悪くて、ここぞというときにもっていくのに気が引けたというのもある。
35-70ミリの標準ズームと、100-200ミリの望遠ズーム。
それにフラッシュがあった。
…確か叔父は、その後にコンパクトカメラを買って、デジカメに移っていったはずで、αは旅行などの折に持ち出していた程度だから、最後までキレイな状態だった。
もし、自分がキヤノンユーザーでなかったとしたら、そのままαを使い倒して、あまり浮気もせずにいたかもしれないな、と思うと、売ってしまったことが惜しくも思われる。
譲ってもらうべきだったかもしれないが。

あれこれの「思い出」があって、αは「偲び思うカメラ」なのだ。
何度目かのαユーザーとなり、そしてデジタル時代に入って「初めての」α(SONY)ユーザーとなり、往時のことを思い出す舞台が整ったという感じだ。
…さあ、何のレンズを買おうかな?。

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