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2019年1月 1日 (火)

年初嘆感

元日の正午のニュースが「暴走自動車事件」から始まるとは。

どうやら新元号が始まる今年、あまり穏やかな一年になるとは思えない。
こういった凶悪事件が起きる背景には、必ず「未遂」もしくは「未必」を心に抱えている人間の存在がある。
実行をしていないだけ、実行されていないだけなのだ。

去年の渋谷でのハロウィンのバカ騒ぎもそうだった。
今年もどうやら、規制を無視してまで渋谷を歩きたい馬鹿が往来したらしい。
こういったことが起きた後に「マナーを守って」と宣う方がいるが、本質を見誤りすぎている。
彼らの頭の中には「マナー」などというものはない。
「公共意識」というものが、ちゃんと育っていないのだから。
その代わりに存在しているのが「アイツはよくて、なぜ自分は?」という「比較」だ。
幼い頃から自分の「立地点」を、他人との比較によって他者に「位置づけられてきた」結果が、今のバカ餓鬼どもを生み出している。

そうだ「餓鬼」なのだ。
「ガキ」じゃなくて「餓鬼」。
どれだけ食べても満腹感が得られない、地獄の使い鬼たち。
彼らを作り出したこの社会こそ、厳罰を受けるべきなのかもしれない。


嗚呼、目出度くない、目出度くない!。
今年もまた、一休宗純の歌を飾ることにしよう。

「門松は 冥土の旅の一里塚 めでたくもあり めでたくもなし」
一休宗純

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