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2019年4月

2019年4月28日 (日)

Sに捧ぐ歌

誰かが吐いた戯言に

オマエはサイフを握りしめた

一体、オマエは誰なんだ?

 

ともに生きる!と歌にして

握りしめてた掌を

誰かの膝に乗せるよに

シッポ振るのは、何故なんだ?

 

変わったことが嫌なのか

変われぬ俺がバカなのか

囲みの中で餌を食む

チビけた犬で死にたかねえな!!

 

三度目の冬が来たぜ

アンタと俺の間には

混じることなく風が流れる

この風、どの風? 北の風

 

 

2019年4月15日 (月)

コンパクトカメラは消えゆくのか?

スマホを買い替えた。

最新式とは言えない型落ち品ではあるけど、個人的には十二分に満足してる。

 

今までは、いわゆる「安売りの携帯」を使っていた。

だから「カメラ性能」など酷いもので、最初から「メモ以外役立たない」という認識だった。

…しかしこれが「お!かなりスゴイことになってるぞ?」と再認識。

 

「iPhone」のカメラ性能がスゴイ、というのは情報としては知っていた。

だけど「所詮は携帯画質っしょ?」という思い込みがあり、小馬鹿にしていた。

それが今度購入したスマホで「大きく転換」させられる羽目になった。

 

まず「液晶が大きい!」ということ。

試しに「リコーCX3」と比較してみると、面積比で5割近く大きくなっている。

CX3は、コンデジの中でも高精細な液晶だから、私のような「老眼近視」でも、何とか見えるレベルだった。

しかし、これだけ大きくて高精細な液晶がスマホについてしまうと、立場が逆転してしまう。

ズバリ、見やすい。

しかも「画質」も、そこそこ大したものであり、下手なコンデジならば凌駕しているといっていいだろう。

小さなレンズと小さなセンサーの組み合わせなのに、大したものだ。

これはもう「A4引き延ばしに耐える画質」であり、作品作りでさえ使えるといってもいい。

 

最近「Androidタブレット」を持参して、撮影をしている人が多いのをよく見かけるようになった。

「何故スマホじゃないんだろうな?」と、非常に不思議に思っていたのだが…謎が解けた。

つまり「画面がよく見えるから」なのだ。

 

なるほど、これは「合理的」だ。

7インチの画面は大きいから、コンデジはおろか、スマホ以上に見やすい。

カメラ部分に指がかかりづらくて、失敗を防ぎやすい。

そのまま自動的にクラウドサービスにアップロードできるので、バックアップ対策も完璧だ。

再生画像確認も容易だし、もちろんのことSNSにアップしやすく、画像編集もその場でできる。

その場での確認が容易だから、みんなで撮影画像を見られるというのもある。

 

大きさはデメリットだが、最近はスリム化が進んでいるので、案外と軽い。

持ち運びは小さいショルダーで済むし、他のモノたちと一緒に入れておけるのもいい。

…なんというか「パラダイムシフト」と、これは言ってもいいのではないか?と思った。

 

これでは確かに、コンデジが売れなくなる。

ボディサイズを考えれば、カメラは限度が自ずとできるし、それに応じてモニターも小型にならざるを得ない。

ペッタンコ、ペランペランのタブレット端末に、容積の面で勝てる要素は何もない。

あとはもう性能に頼るしか無いので、残された活路はもう「高倍率化」とか、その程度しかないというわけだ。

 

ただそれでも、マニアから言えば「EVFがあるではないか?」というのがある。

老眼近視という、カメラマンにとって「極めて不利」な条件で最高のパフォーマンスが出せるのは、唯一「EVF」だけなのだ。

コンデジのEVF化というか、EVF主体の画像確認に重きを置いたコンデジだけは、生き残っていく気がする。

 

 

 

 

2019年4月 4日 (木)

万葉集と、すくらっぷ

「ココログ」全面リニューアルした、というので、記事書くかな?と。

 

もうすぐに「改元」になる、ということで、次の元号は「令和」となるらしい。
まあ、良し悪しはここでは置いておくとして、元号のヒントは「万葉集」からとのことなので、すこし万葉集について触れてみたいと思う。

 

私のブログのテ-マのうちの一つは「すくらっぷ・ブック」なので、まずは作中に用いられている万葉集を紹介してみましょう。

 

「君が行く道の長手(ながて)を繰り畳(たた)ね焼き滅ぼさむ天の火もがも」

 

…あなたが行ってしまう(この場合は流刑の旅)長い道のりを繰り畳んで、焼き滅ぼしてしまう天の火があればいいのに、という意味です。
進学のために、理美ちゃんがイチノ君と離れ離れになってしまうことを憂いて、万葉集の一首に心を託すというくだりですね。
とても「すくらっぷ」の特徴が色濃く出てる回で、普通ならばサメザメと泣くなりして…で、そのうちに忘れてしまうだろうということなのですが、ここでは昔の歌など引用して「キャラたちが、どう考えていたのか?」ということを立体的に見せようと配慮しているようです。
…もっともこのあとに「かがり」ちゃんが「男らしく(汗)」登場して、彼女を張り倒すという(!!)荒業で、急に「少女マンガ」から「少年マンガ」へと返っていくのではありますが。
そして彼を見送る彼女が「自分の志し」を見せたラスト・シーン…「故郷を離るる歌」を、自らのオカリナで吹き送り出していく、という流れへと連なっていきます。

 

最初「道(未来)を焼き滅ぼしてしまう」というシーンから始まって、最後には「旅立ちへのエールを送る」ということで終わる流れというのは「自らが強く望む欲というもの」を「他者にギフトしていくことで昇華させていく」行為への変遷であり、それがつまり「成長」なのだ、ということを、小山田先生は描いていたのだと思います。

 

 

 

 

 

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