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2020年3月19日 (木)

この頃(2020/3)

・肩が痛い

・両ひざが痛い

・目が不安

・その他もろもろ

 

…去年は正月早々、おなかの調子が長く悪かった。

それと「できもの」が臀部にできた(/ω\)。

肩が7月から痛み出した。

…これは3月現在、治癒率60%というところで、痛みはまだ残っているし、肩がよく上がらない。

ああ、齢は取りたくないよなぁ。

 

元々左ひざがポキポキ鳴るというか、音が出ていたのだけど、痛みは無かった。

しかし最近は膝の曲げ伸ばしに痛みが出るようになってきた。

運動不足が大きな原因だとは思うけど…うーん「56歳」って、果たしてどんななんだ?。

 

誰でもそうだけど、老化は未知の世界だ。

能天気な奴だから、頭の中はいまだに20年くらいは若い。

自分が36歳くらいの認識でいるわけだけど、実年齢は60代くらいなんだと思ってる。

TV番組でタレントが検査を受けて、余命何年とか言われる番組があるけど、あれもきっと大きなギャップを自覚するんだろうな。

 

あと数年で「赤ちゃんちゃんこ」だって!爆)

信じられないよ…孫?いるわけないじゃん、結婚したことすらないのに。

冗談ポイポイw

 

それでも残酷に時は流れるのね。

体という生命体も壊れ始めるのね。

まいっちゃうなぁ。

 

ひとりぼっちは嫌いじゃないんです。

たとえ一人で死んでしまおうとも、それはそれ、仕方ない。

象だって、猫だって、死ぬときにはひとり離れるじゃないですか。

病院のベッドだろうが、山懐深い場所だろうが、それも特に。

山頭火のように「分け入っても 分け入っても 青い山」なら、それもまたよし。

 

ただ「生きてる時間」が、勿体ないのです。

十分に頭を使いきれない、動けないということが勿体ない。

普通の生き方をしてきてないという「おかしな自負」みたいなのはありますが、それが即ち「自分のために」では無かったということが、いつまで経っても「喉の小骨」のようです。

 

新型コロナウイルスとの戦いは、私の予想を超えて「全世界規模」に拡大してしまいました。

テレビで一報を聞いた時「これは大事になるな」という予感は当たりましたが、ここまでとは。

この天災災禍の中で、それでもここから「何か」を見出せるのなら、それは人類にとっての福音たるや?とも考えたいのですが、残念ながら近視眼である現代人には、そこまで遠くは見えていないようです。

その証拠にマスクの買いだめや転売、トイレットペーパーまで一時買えなくなってしまうというのは、なんとも呆れ果てるしかないです。

 

人生56年…いろいろなことがありましたけど、それでも今感じているのは「たったの56年」です。

人間は、生き方を思い直すのに長い長い時間を要する生き物らしい。

その年月の中で私は生まれ、やがて死んでいく。

人生は無常…そうなんですね。

 

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