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2020年3月11日 (水)

「めんま」は何故「あの姿」だったか

本当に今更ながら「あの花」の劇場版を見ている。

去年の年末に放送されたものだ。

 

作品自体はTV放送の再確認というか、焼き直しという感じで新鮮味は感じなかった。

有体に言えば「面白くは無かった」。

人気に乗って作られた感がある。

 

ストーリー自体はだからどうでもいい。

ただ「気付いた」部分が幾つかある。

疑問だった部分というか。

 

「何故、めんまは成長した姿で出現したか」

 

…これが今回ようやくわかった。

これにはまず「めんまと、じんたんの母との病室での会話」から始めなければならない。

 

ネタバレになるが「めんまが出現した理由」というのは「未練」にある。

それには幾つかの事実があり、その複合(人間の思いというのは大概が複合体だ)である。

しかしその中にも優先順位があり、一番「濃い」思いが存在する。

めんまの場合はそれが「じんたんの母との約束」にあることは、ストーリー後半で語られていることである。

 

じんたんの母は余命少ない身であり、彼女の未来の時間は少ない。

対して、めんまや「超平和バスターズ」の面々には、これからの時間がある。

彼女自身は、息子の友達が病室に遊びに来てくれていることが、生きる励みにもなり、反面「妬み」ともなっていると思われる。

息子との時間を長くとってあげられないのに!という、これはしかし母親としてやむを得ない想いであろう。

これにちょうど正対するように「めんまの母」は、成長をしたバスターズの面々に対し「自分の娘の命が絶たれたこと」への絶望感から、彼ら

が龍勢(花火)を打ち上げる計画を知り、それを「死者を弄んでいる」と判断し、憎しみを彼らに向ける。

二人の「母親」は、時間こそ異にしてはいるが、その核たる思いは「自らの分身」たる子供たちへの想いそのものなのだ。

 

過去、病室で語り合う「女性ふたり」がいた。

幼いめんまには、それが「どのようなものであるか」についての理解はほぼない。

しかし「女性同士であるがゆえに」共通である「意識」については、年齢差は関係なく、脈々と受け継がれていく「命の連鎖」というものの主

役たるゆえ、互いにシンパシーを有しあっていると言っていいだろう。

好きな異性に出会い、やがて子を成し、出来うる限りの時間を子供に向け注ぎ続けたいという共有項があるのだ。

 

自分への気遣いで「泣かない」じんたんを、母は嘆く。

泣けない子供にしてしまった自分を、母は後悔する。

それを「何故か」息子の同級生である「めんま」に語ってしまったのは、もしかしたら

「この子は自分の息子に寄り添い生きる存在になるのではないか」という「勘」を覚えたからかもしれない。

もちろんその時彼女は、目の前の幼気な子が早世するなどというようなことは思いもしなかったに違いない。

 

しかしそれは「思い付き」程度のものだったろう。

もしくは「そうあればいいのに」というような、息子への愛情ゆえの「贈り物」のようなものだったかもしれない。

だがしかし、その幼気な子供の口から出た言葉は、果たして彼女の予想を裏切る言葉だった。

「私が代わりにじんたんを泣かす!」…この言葉を単に「子供ゆえのこと、思い付きに過ぎないよ」というのであれば元も子も無くなってしま

うだろう。

しかし、自らの生命の灯が乏しい実感を抱いている母にとって、それは「命を紡いでくれる存在」の出現と映ったかもしれない。

母は狼狽し、そして心のどこかで安堵したのではないだろうか?。

「私の代わりになる人がいる」ことが、別れ行く人にとっては、どれだけ励みとなるだろう。

自らの手でどうにもならないことを自覚するが故に、その一言は「救い」足りえるのだ。

 

…これは二人だけの神聖な「約束」である。

違えることを許されぬ、大きな約束である。

それは「生死の壁を越えてでも」果たされねばいけないほどに、大きな約束だったのだ。

 

ゆえに…めんまは、バスターズと同じ「年齢」の姿で、じんたん「だけ」の前に現れた。

あの日、病室で交わされた「約束」は「貴女の息子との契りを結ぶ」という、謂わば「婚約宣言」だったから。

幼い姿のままで約束は果たせない。

だから成長した姿で現れたのだ。

…これは思い込みかもしれないが…あの日、めんまが病室で食べていたいのは「リンゴ」だった。

じんたんの母が剥いてくれていたリンゴを頬張っていたのだが…リンゴの「皮」を「切れぬよう」に剥き続けることは、命の輪廻ということで

の「隠喩」なのではないだろうか?。

 

しかしそれでも「生きていた上での経験」は、めんまには無い。

記憶は「あの時」から動いてはいない。

ただ「みんなと同じ姿じゃないとダメ」という「意識」が、彼女を成長させた姿として出現させたのだ。

 

 

 

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