7、桜花散って…

2007年4月 6日 (金)

櫻花散って…(1)

「1986年4月8日」

今年で21年目の「春」が来た。
もし、彼女がこの世に存命していたならば、今ごろは三十代最後の日々を忙しく子供たちや、旦那さんに愛されながら過ごしていたことだろう。

「yukko」…岡田有希子さん。
もう20年が経ってしまったんだよ…。


桜の花が舞散り、変わりに小さな青葉が可愛らしく枝を飾る。
上野公園での「乱痴気」騒ぎが終わり、街はすっかり「春」を受け止めている。
うららかに日々が過ぎようとしてしていた、そんな春の日に、僕は「血の気が引くような」ニュースを目にした。

画面には白く躍る「テロップ」が流れ、どこか高いところから撮ったと思われるショットは、人々が騒然とした中、真中にぽっかりと空いた空間。
そして、そのまた真ん中には、灰色のアスファルトに白い布が一枚置かれている。

「…どうしたんだよ」

何があったっていうんだ?。
僕はひきった顔をしながら、ひたすらテレビ画面を睨みつけていた。


…ある日のこと、と言う以外思い出せない。
僕はテレビに映っていた一人の少女に目をとめた。

高原の風景に、坂を登ってくる一台のバス。
人待ち顔の少女は、バス停で「くるり」と身体をひねってみせた。
彼女の短くて、小さな「思い出達」が、フィードバックされる。
彼女は振りかえりながら、笑顔で手を振った。

それが「僕」に対しての事ではないのはわかりきっている。
しかし、胸の中の「時計」は、その時から確かに「チク・タク」と動き始めていた。
長い時間、錆付いたように、死んだように動かなかった「時計」。
それは僕の中で「何か」が動き始めた瞬間だったのかもしれない。


「病魔」というものの恐さは、その対象者を「何時でも死と向かい合わせ続ける」ことにある。
「生きている心地がしない」というのは、例え生きていても死んでるのと同じ「仮死状態」だ。
1984年。僕は「絶望」というヤツと向き合わせの生活を送っていた。


***おことわり***

作中に出てくる「岡田有希子さんや、その関係者の方々」に関する意見や、その見識などは、あくまでも私「るみくす」が認識している範疇でのことで、事実の誤認や私自身の「想像」から発するものも作中には含まれます。
この作品は、私の「人生経過」を基に創作した「フィクション」です。
基本的にクレームはお受けすることは出来ませんのでご了承下さい。


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櫻花散って…(2)

1967年生まれ。
僕よりも三つ年下。
「17歳」の高校生の笑顔が眩しかった。
今の自分には無い「きらめき」を放つ彼女の存在は、ともすれば「くたくたと」折れ曲がりそうな自分の心に差す、一筋の「明かり」のようなものだったかもしれない。

二人姉妹の妹。お姉さんとは二つ違い。
彼女はその容貌に似合わず「勝気なところのある女の子」だったという。
成績はそのほとんどが「5」という、大変に優秀な生徒だったそうだ。

「岡田有希子はなぜ死んだか」上之郷利昭
この本の中に詳しいが、彼女の育まれた家庭環境の中には、ほとんど「影」というものが見られない。
後に大変な衝撃を世に与えた、彼女の最後の姿を想像させるものは、ほとんど皆無といって良い。
彼女は「勝気であり、努力家であり、まじめで一本気な少女」だった。


年末になると、テレビでは「歌謡祭」というものが開催される。
その年に「エポックメイキング」だった、歌手やその歌を表彰するのが主な目的だが、その「存在価値」は芸能界という世界ゆえの「売名」と切り離せはしない、言うなれば「ここ」も「歌手たちの戦場」なのである。

この年の大晦日には「日本レコード大賞」という、歌手にとって権威ある賞の授与式が放送された。
彼女は「最優秀新人賞」を見事獲得する。

ここで彼女の「性格」のひとつを、よく現しているだろう「エピソード」が生まれた。
彼女は、自身の「受賞」を喜びながらも、他に当確を争った歌手たちのことを口にし、自分の「幸運」を悔いていた、というのだ。
言うまでも無く「芸能界」というのは歌手本人の「実力」だけで、ことの左右が決まるほど簡単な世界ではない。
所属事務所、レコード会社など「バック」の力が、ことを決定付けるというのが本当のところだ。

そんな「駆け引きの世界」という「魑魅魍魎」の棲む中で、他人のことに同情して泣いている少女は、芸能界という「特殊な世界」の中では、さぞや奇異に映った事だろう。
彼女の「資質」とは、まるで馴染みような無い世界の中で、彼女の「孤独」な戦いは進行していく。


参考物件:「岡田有希子はなぜ死んだか」上之郷利昭

***おことわり***

作中に出てくる「岡田有希子さんや、その関係者の方々」に関する意見や、その見識などは、あくまでも私「るみくす」が認識している範疇でのことで、事実の誤認や私自身の「想像」から発するものも作中には含まれます。
この作品は、私の「人生経過」を基に創作した「フィクション」です。
基本的にクレームはお受けすることは出来ませんのでご了承下さい。


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櫻花散って…(3)

「<中略>激しくそれを望むが故に、そんなおのれを恥しいと思い、まるで正反対の行動をとる。こうしたアンビバレント(反対感情併存)こそ彼女に特有のものではなかったろうか。」

「岡田有希子はなぜ死んだか」上之郷利昭著のなかで作者はこのように言及されている。
「レコード大賞新人賞」の栄冠を勝ち取ったことは「名誉」だったに違いない。しかし、彼女は一方でその「過剰なまでの潔癖さ」を拭い去ることは終生出来なかったのだ。


「新人賞」という栄冠の現場を、僕はテレビの前で「ぼんやり」と眺めていた。
頭のどこか片隅で「何か違うぞ…そうじゃないぞ」と囁きかけられるような、そんな気分がした。
それは簡単に言ってしまうと「否定」という感情で、彼女の「栄光のステップ」を、心のどこかで好ましく思っていない自分がいたのだ。
それがファン特有の「占有欲」ならば、「叶わぬ夢」として穏やかな思い出への変質を辿るだけの道筋なのだが、
心の中に本当に微かに臭う「きな臭さ」は、「危険」というシグナルを、その時発していたのかもしれない。

CMで見た彼女、歌番組で歌ってる彼女…そんなときの彼女は、病魔に苛まれていた僕にとってのささやかな「オアシス」のようなものだった。
「アイドルを好きになるなんて!」と「遅れてきた楽しみ」に二十才の僕は内心照れながら、彼女の姿を見つめる日々が続いた。


参考物件:「岡田有希子はなぜ死んだか」上之郷利昭

***おことわり***

作中に出てくる「岡田有希子さんや、その関係者の方々」に関する意見や、その見識などは、あくまでも私「るみくす」が認識している範疇でのことで、事実の誤認や私自身の「想像」から発するものも作中には含まれます。
この作品は、私の「人生経過」を基に創作した「フィクション」です。
基本的にクレームはお受けすることは出来ませんのでご了承下さい。


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櫻花散って…(4)

彼女とのささやかな「ランデブー」は続く。
家族との「茶の間」のテレビの中、なんとなく気恥ずかしい想いを抱きながらも、彼女の歌う姿を見た。
「熱中」という言葉が似合うような、そんな激しい感情を最後まで持てぬままに、彼女への「想い」はまるで
「ブラウン管の向こうの幼馴染」
のようで「親近感」があっても「実体感」が希薄、という、摩訶不思議な想いを抱きながらの日々だった。


そんなある日。
私は彼女に「異変」が起こっているのを感じた。

それは「心ここにあらず」というか、ぼんやりとしていて、司会者の問いへの「受け答え」も、妙にちぐはぐさを感じさせるものだった。
「具合でも悪いのかな?」と思った。そして彼女が新曲を披露したときにも、その「覇気の無さ」には驚かされた。
明らかに「何かが違う」と感じていた。
彼女が亡くなる1ヶ月前ころの事だったと思う。


新人賞も獲り、仕事も順調であり、歌だけではなくドラマの主演も果たすなど、彼女は忙しく毎日を過ごしていたことだろう。
彼女の「未来」は、傍目から見る限り「洋々」としており、不安要素などは殆ど無かったはずだ。
当初その「暗いキャラ」が、現場の評を悪くしていたとしても、彼女に「シンパシー」を感じてくれる「ファン」の存在は大きく、無視できなかったはずで、実際の話、売上に直接関与しやすい「CM」での彼女の起用は、同期のアイドルの中では数多いほうだったと思う。

「万人に愛される」素養というものを、彼女は持っていた。
女性にも、男性にも、若い人にも、お年寄りにも、彼女は愛されていた存在だったはずだ。
それは彼女が出演してきたCMの種類が、それを証明しているだろう。


そんな彼女の「変容」は、ただ事では無かったはずだ。
しかしそれを気づいた人は多くても、大きな「事態」、例えば「長期休養」とかの事態に進んでいかなかったのは、彼女自身の「突っ張り」の力、つまり「負けん気」が逆に作用してしまったからだ、と思う。
彼女の中で「背反する自身」が顕在化してきたのは、この頃のことだったかもしれない。

参考物件:「岡田有希子はなぜ死んだか」上之郷利昭

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櫻花散って…(5)

1986年4月6日。
彼女は地元でのコンサートを開くために帰郷している。
その足で彼女は実家に寄っている。

家族水入らずのひとときだが、彼女は元気が無かったようだ。
「友達に会ってきて疲れているんだろう」そう家人は思ったそうだ。
姉が彼女以外の家族が写っている最近の写真を持ち出すと、いつもならば饒舌な彼女は全く口を開かなかったという。
しかし、そういったこと以外は普段どおりの彼女だったようだ。


「お父さんかお母さん、どちらかひとりでも東京に来たほうがいいみたい。そのほうがお金がもらえるみたいだよ。ま、私は好きにやってるからいいんだけど……」 
帰り際、彼女はそう家人に漏らしている。
実は高校を卒業した彼女は、所属事務所社長の自宅から、一人暮しするためにマンションへと引っ越していた。
…僕には、彼女が家人に言った言葉が「助けて」と言っているように聞こえる。勿論、それは彼女があの「事件」を起こす事が無ければ、誰にもその意味はわからなかっただろうが。

ここであくまでも「私論」であるが、彼女と俳優「M」氏のことに触れておきたい。
彼女とM氏との間に「恋愛関係」が成立していたかどうか、ということが、マスコミの煽動もあってか、大きく取り沙汰されていたが、いろいろな記事、関係者の発言、そして私自身の「洞察(想像)」から、私は前記のことについて「否定的」立場をとるに至った。

私が想像するに、M氏と彼女の関係は「彼女の一方通行的な片思い」の要素が強かったのではないか、と判断した。
私自身現在、当時のM氏と同年になったのだが、もし私自身が彼女と「恋愛関係」を成立させようと考えるならば、諸事情(フィアンセの存在、芸能界内での軋轢等)を考えると、とてもそれは「危険」なことだと思える。
M氏に「大きな認識の甘さ」が有ったのならばともかく、それは少々考えにくいのではないか。

彼女がM氏に「好意」を抱いていたのは衆目の一致するところのようだが、彼女と彼との関係が深いものであるとする見解には、はっきり言って無理がありすぎる。
お互いが「芸能人」という立場であり、ましてや彼女は事務所社長宅からの出勤や通学という「課題」がある。
そんな中で「恋愛関係」を成就させることは、非常に大変なことなのではないだろうか?。

では、彼女の「独立」についてだが、確かに彼女は彼との関係を進展させて行きたかったのだろうが、それが彼女にとって「独立」の一義であるとは思わない。
これももちろん想像だが、彼女の「後輩」として、やはりデビューを控えていた女性が、社長宅に同居し始めたことが、彼女が独立する「きっかけ」になっていたのではないだろうか?。

彼女の「アンビバレントな性格」を思い出して欲しい。
彼女が「ライバル」たる女性と「同じ屋根の下」で、共同生活にどれくらい耐えていけるだろうか?。
「少なくとも、日常の中での距離は置きたい」という気持ちが、彼女を急き立てていたのではないだろうか?。

…そして運命の「4月8日」は、やってくる。


参考物件:「岡田有希子はなぜ死んだか」上之郷利昭

***おことわり***

作中に出てくる「岡田有希子さんや、その関係者の方々」に関する意見や、その見識などは、あくまでも私「るみくす」が認識している範疇でのことで、事実の誤認や私自身の「想像」から発するものも作中には含まれます。
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櫻花散って…(6)

都内のあるマンションから「ガスの臭いがする」という一報が消防署に寄せられた。
消防が現場に駆けつけてみると、部屋の押入れの下段で手首を切って泣いていた女性の姿を見つける。
ガスはすでに栓が閉められており、手首の傷は浅く、命に別状はなかった。
彼女は病院に搬送され、4針を縫う手術を受けた。
1986年4月8日の午前中の出来事だった。
彼女はマネージャーに泣きながら詫び続けていたという。

…幼かった日、彼女はよく姉とけんかをしたそうだ。
年も二つ違いと近く、気の強かった彼女は姉と「同等」を強く望んだのだろうか?。
喧嘩をし、母に怒られそうになると、彼女は「押入れ」に必ず隠れたそうだ。
発見されるのは必ず「姉が先」で、怒られるのはいつも姉のほうだった、という。

この「ガス自殺(?)未遂」のとき、彼女は奇しくも「押入れ」で消防に発見されている。
この「ガス」についてだが、彼女が11歳のとき、自宅でガス器具の故障が元での「ガス漏れ」が発生していた。
軽食を取ろうとガス器具を使っていた彼女だったが、後に母親に「このままだったら、死んじゃうよね?」ともらしている。
「死への憧憬、美化」というのは、誰もが一度は経験するもので、何も珍しいものではない。
恐らくは彼女にとってもそうだったのだろうが、その「記憶」を忘却することなく彼女は「保持」していたのではないだろうか?。

前記の「二つの出来事」が、この「ガス自殺未遂事件」から、どうあっても私には想起されてならない。
「小学生の時のガス事故での思い出」と「リストカット後、押入れに入っていたこと」は、彼女の中では、
「過去への憧憬」であり「家族への思慕」そのものだったように思えてならないのだ。


…彼女はその後、事務所のあるビルに連れられて戻り、社員が目を離した瞬間に屋上へと駆け上がって、自らの命を絶った。
あっという間の出来事だったようで、誰もがこの「白日夢」のような現状を把握できなかった。

それからのことは周知の通りである。
彼女が「何故飛んだか」についての言及は避けたい。
それは彼女以外誰にもわからないことであり、彼女自身が亡くなった後には、彼女が遺していった膨大な「想い出たち」だけが残った。

参考物件:「岡田有希子はなぜ死んだか」上之郷利昭

***おことわり***

作中に出てくる「岡田有希子さんや、その関係者の方々」に関する意見や、その見識などは、あくまでも私「るみくす」が認識している範疇でのことで、事実の誤認や私自身の「想像」から発するものも作中には含まれます。
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櫻花散って…(7)

「彼女が飛んだ日」から数年が経過した。
彼女の「後を追う」ように自殺する若者が何人も出て、「社会現象」と言ってもいいような状況が展開していた。

私自身は、彼女が死んだ「理由」に、大きく心を乱されていた。
身体に巣食った「病魔」は、衰えを知らず存在しつづけていて、
「何故、僕が死なないで、彼女が死んでいくのだろう?」という「取り止めの無い疑問」が頭の中を駆け巡っていた。
彼女との「ファースト・コンタクト」を得た「CMの撮られた場所」を探して、バス会社の営業所で訪ねたりもした。
が、今だもって場所の特定は成されていない。

時が再び巡り「忘却」という形をえながら、彼女との「思い出」は美化されていった。
私自身の身体に巣食っていた「病魔」も、だんだんと「なり」を潜め、いつしか自覚できないくらいになっていた。


では、もう20年が経過するという今も何故、彼女と、彼女の「死」の原因に言及し、こんなものを記しているのだろうか?。

ひとつには世間一般で罷り通っている「マスコミの憶測」について、踊らされることなく、はっきりとした「原因」に自分なりに言及してみたかった事。そして、それが可能である「時間の経過」が、私自身に訪れたということ。
ふたつめは「彼女の人となり」を知りたかったこと。彼女の突然の死で、臆病になってしまった気持ちが癒え、事実をありのままに受け止める心の準備が整ったこと。
みっつめは「彼女の人生の経過を通して」自分がなぜ、彼女に憧れていたのかを知りたかった、と言う事。
…この「3点」を確認するには、ひとかどの「人生経験」が必要だったのだ。
恋愛、失恋、死、生「愛別離苦」が身体に宿るまで「二十年」という時間が必要だった、ということだ。


彼女は何故「急くように」生きてきたのか。
確かに彼女の精神(こころ)は揺れ動きながら存在していた。
「アンビバレント(反対感情併存)」は、いつからかはわからないが、確かに彼女の中に存在していたけれども、それが「顕在化」してきたのは「芸能界での仕事」が波に乗り始めてきてからであり、言うなれば「外界からの刺激」を受けて発現したと言ってもいいだろう。

彼女は雑誌などに「23歳で結婚したい」と書いている。理由は「それが良い年頃だから」だそうだ。
しかし後に彼女は「…でも、それは夢みたい」と発言している。
「前言撤回」は「現実の把握から」出た言葉だけ、とは思えない。彼女は実際に「遠く離れ行く理想」の姿をロストしつつあったのではないか。
「夢は実現するためにある」と青少年期に言い切れる人は、決して多くは無い筈だ。
いや、むしろ「夢」を「夢想する」ということが、後に起きる「理想と、その瓦解」から、自分の精神を「助ける」手助けになってくるのじゃないだろうか?。
彼女には「夢とは実現するもの」という「確固たる意思」があったのかもしれない、と私は思う。

彼女の「精神(こころ)」は、無慈悲な「現実の中」で、がらがらと崩れ去っていく。
現実の「岡田有希子」は「佐藤佳代(注:本名)」の「記憶」の中に環ることを願う。
一方で彼女の「強さ」が「現実から逃げないの!」とそれを阻止にかかってくる。
彼女の双肩には「夢」という形をした「理想」が、重くのしかかっている。


「できる!」ということが楽しかった。
逆上がりだって、大工仕事だって、徒競走だって…。
頑張ればみんな出来たんだ!。
頑張ればきっとあの「すばらしい気持ち」になれる!。

歌、歌ったんだ。
みんなが「すごいね!」って誉めてくれたんだよ!
とっても良い気持ちがしたんだ。

みんなが誉めてくれるんだよ。
誉められるの、気持ちが良い。
だから、頑張らなきゃ!。
みんなが喜んでくれると嬉しい。
よ~し、もっと頑張るぞ!。

お母さん、お姉ちゃんばっかり叱らないで!。
私も悪いの。私だって「悪い子」なんだよ。
でも、やっぱり怖いから隠れちゃうけど、
私を…叱って。

ちょっと無理したかな?。
でも、相変わらず達成できたときのこと、とっても気分が良い。
「一番」は大切だけど、でも、それだけじゃない。
「やり抜いた後」の達成感が素敵なんだなぁ。
…でも、少し疲れてきたかも。


…「空耳」でしょうか?。
私には、なんとなくそんな声が聞こえたような気がするんですね。


参考物件:「岡田有希子はなぜ死んだか」上之郷利昭

***おことわり***

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櫻花散って…(8)

「直感がどんなときでも一番正しかった」
今もって、私はそう思う。

彼女の育ってきた生い立ち、彼女の性格や行動。
そういったものが浮かび上がってくるにつれ、彼女を密かに応援し、気に留めてきたことが、無為なことでは無かったと、私にそう思わせる。

暖かで、当たり前で、平穏な家庭に育った彼女。
努力家で、負けず嫌いで、一本気な彼女。
甘えん坊で、子供っぽくて、寂しがりやの彼女。
繊細で、他人思いで、傷つきやすかった彼女。

全部が全部「彼女という存在」
人間は「ひとつだけの面を被って歩いては行けない」
だから彼女は「すべての面を現そう」と思った。
そうしなければ…歩けなかったのだろうか。

「なんて不器用で、愛すべき存在!!」
私は彼女の「才能」というものが悲しい。
本当なら、もっと「当たり前」に、生きていけたかもしれない。
それが出来なかった「業」が悲しい。


…彼女の経てきた人生を「芸能人のスキャンダル」という貧相な文句で終わりにすることが無いようにしなければいけないと思う。
彼女の「人生」には、様々な人との関わりがあり、その数だけの「ドラマ」があった。
当たり前で暖かな「家族の風景」があり、誰もが経験、または、目撃してきた「青春のエピソード」がある。
「ひとりぼっちの寂しさ」があり「好きな人への憧憬」があった。

そう、みんな「誰もが経験したり、目撃したりする」当たり前の「日常」が彼女の中でも展開されてきたんだ!!。
…女性アイドル、芸能人…「当たり前ではない世界」に存在している、ということが、彼女の「事実」を捻じ曲げていく動機になっていた。
彼女は「信じたことを、当たり前に」実行し、表現したかった「18才」の女性に過ぎない。


…彼女が信じて、進んできた道を、今出来るだけ穏やかに見つめていたい。
そして…どうか安らかに。
「生まれ変わり」というものがあるなら、今度はもっと「ゆっくりと」自分の人生を歩いていって欲しい。

サヨナラ…「ひとりの女の子」岡田有希子さん…。


参考物件:「岡田有希子はなぜ死んだか」上之郷利昭

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