櫻花散って…(1)
「1986年4月8日」
今年で21年目の「春」が来た。
もし、彼女がこの世に存命していたならば、今ごろは三十代最後の日々を忙しく子供たちや、旦那さんに愛されながら過ごしていたことだろう。
「yukko」…岡田有希子さん。
もう20年が経ってしまったんだよ…。
桜の花が舞散り、変わりに小さな青葉が可愛らしく枝を飾る。
上野公園での「乱痴気」騒ぎが終わり、街はすっかり「春」を受け止めている。
うららかに日々が過ぎようとしてしていた、そんな春の日に、僕は「血の気が引くような」ニュースを目にした。
画面には白く躍る「テロップ」が流れ、どこか高いところから撮ったと思われるショットは、人々が騒然とした中、真中にぽっかりと空いた空間。
そして、そのまた真ん中には、灰色のアスファルトに白い布が一枚置かれている。
「…どうしたんだよ」
何があったっていうんだ?。
僕はひきった顔をしながら、ひたすらテレビ画面を睨みつけていた。
…ある日のこと、と言う以外思い出せない。
僕はテレビに映っていた一人の少女に目をとめた。
高原の風景に、坂を登ってくる一台のバス。
人待ち顔の少女は、バス停で「くるり」と身体をひねってみせた。
彼女の短くて、小さな「思い出達」が、フィードバックされる。
彼女は振りかえりながら、笑顔で手を振った。
それが「僕」に対しての事ではないのはわかりきっている。
しかし、胸の中の「時計」は、その時から確かに「チク・タク」と動き始めていた。
長い時間、錆付いたように、死んだように動かなかった「時計」。
それは僕の中で「何か」が動き始めた瞬間だったのかもしれない。
「病魔」というものの恐さは、その対象者を「何時でも死と向かい合わせ続ける」ことにある。
「生きている心地がしない」というのは、例え生きていても死んでるのと同じ「仮死状態」だ。
1984年。僕は「絶望」というヤツと向き合わせの生活を送っていた。
***おことわり***
作中に出てくる「岡田有希子さんや、その関係者の方々」に関する意見や、その見識などは、あくまでも私「るみくす」が認識している範疇でのことで、事実の誤認や私自身の「想像」から発するものも作中には含まれます。
この作品は、私の「人生経過」を基に創作した「フィクション」です。
基本的にクレームはお受けすることは出来ませんのでご了承下さい。
*「OCNフォトフレンド」へのリンクです
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