たかが漫画、されど漫画(小山田いく編)1
「自分の生き方に影響を与えてきた」映画や、小説など、
人それぞれに「心の杖」とでもいうべき「メディア」があると思う。
先人たちの「指南書」としての役割を「メディア」というものは持っている。
それが作者にとって「意図的なもの」で無かったとしても、それは今の世にも連綿として流れ、絶える事は無い。
「小山田いく」という漫画家をご存知だろうか?。
1980年「週刊少年チャンピオン」という漫画少年誌で発表された
「12月の唯」という作品で、当時の中学生、ミドルティーン達の支持を受けた「漫画作家」である。
彼の略歴については
『ウィキペディア 小山田いく』
を参照していただきたいが、その、
「静かでいて、熱意ある」想いを「小山田作品」に抱いた人の多くが、社会的に重要な立場にある現在においてでも、作品から伝わる「暖かな思い」を大事にしながら生活されていることを知るとき、彼の作品と、その「ヒューマニズム」を私も「再確認」するのである。
「12月の唯」が発表されたとき、私は「高校一年生」だった。
希望を胸に入った高校ではあったが「夢と現実」のギャップというものに気づかされるようになるのに、さしたる時間は要らなかった。
クラスにはどこか「マンネリ化」したような、澱んだ空気が流れているようだった。
「覇気」というものが感じられない教室の中にあって、私は中学時代のことを懐かしく思っていた。
それゆえに「中学時代」を舞台とする「メディア」には本能的に飛びつき、夢中になった。
「夢と現実の混濁」が始まっていたのだが、それ以外に「特効薬」たるものは無かった。
運動が得意なわけではなく、友人が多かったわけでもない。
高校生活を「エンジョイ」するにたる「ツール」を私は持ち合わせていなかったのである。
仔細は忘れてしまったが、ある時私が求めた「一冊の週刊漫画誌」というのが「チャンピオン」で、その中に「新人漫画賞」の受賞作として紹介されていたのが「12月の唯」だった。
一目見たときから何か「予感めいた」ものを感じた。
作中の世界は、どっちかといえば「ありえないだろう」中学生の生活だった。
それでも妙な「シンパシー」を感じてしまう自分に、戸惑いつつも作品に引き込まれるのを、到底否定することは出来なかった。
何度も、何度も読み返した。
胸の鼓動は高鳴って飽きることなく、毎日繰り返し、繰り返しの「蜜月」が続いた。
高校に入ってからずっと感じていた「空白」を埋める「何か」に出会ってしまった瞬間だった。
(続く)
*「OCNフォトフレンド」へのリンクです
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