ハルハナノハナ アキ アカイカキ

…「桜の花」もいいけんど、オラはやっぱりこの「黄色の花畑」が好きだ。 黒い土に緑の芽が出て「ぐんぐん」伸びて、「ポンポン」と黄色の花を咲かせる。 まっ黄色の絨毯…ナノハナの黄色が、空の青と同じ分だけ、オラの目の前に広がっている。 …ここまで、思えばいろいろなことがあった。 ****************************************************** 中学のとき…あのときが一番だっただなぁ。 友達が良かったのが、何よりだ。 初めて本気で恋をしたのも、あれが最初だった。 あの「恋」が無ければ、オラ、どうなっていたろう?。 当たり前に農家に生まれて、疑問も何も無かっただ。 爺ちゃんと、オヤジと一緒に畑に出ること…それは今も変って無いけんども…でも「そればかり」の毎日だった。 良くオヤジが言ってただな… 「土ばっかじゃねェ!人も良っく見て、知ってなきゃいけねえ!」って。 …最初はなんの事だかわからなかった。 でも「晴ボン」たちと騒いでいるうちに、その「意味」が段々とわかるようになってきた。 オヤジは「育っていくこと」を、自分の身体で知っておけ!、って言いたかったんじゃねえか、と思う。 野菜も人も、やっぱり同じだいな?。 妙子ちゃんとアサには、感謝してる。 二人の気持ち…本当に痛いほどよくわかってた。 高校に進んでから…お互いが惹かれあっていくのに、オラのことを「いの一番」に考えて…簡単にくっついてしまうことも出来たろうに…しなかっただな?。 二人で話し合って…「三人で行こうね?」って…ふたりともホント、お人好しで…。 …だからいつも二人に会うと、嬉しいのと…少し辛いのとで、胸が痛かっただ。 農業高校に進学したのは確かに「技術や知識」を得るため…でも一方で「ほかには選択肢はねえ」と決め込んでいたのも、あっただ。 「高校(ここ)までで十分だや」と。 おらの「未来」は、ずっと「決まって」いただ。 でもそれが、自分の可能性を閉ざしていること、目を逸らしてただね。 高校二年の最後くらいだべか? 「二人」とはちょっとだけ距離を置いた。 それからおらは大学へ進むことに決めた。 …自分自身の、未来(みち)を見つけるために…。 *************************************************************** …もうすぐ早い冬が来る。 高齢者や、障害がある人には辛い季節がやってくるだろう。 そうでなくとも「この街」で生活(くら)していくのは大変だ。 乗用車にも乗れない高齢者は、あえぎあえぎしながら、この急な坂道を登る。 「大変ですね!」と、坂道の真ん中で声をかけたおばあさんは、笑いながら 「この街で生まれたんだから、平気さ!」と答えた。 しかしそれも「冬が来る前」の話だろう。 雪が降り、カチカチに凍りついた坂道は、もう電動の車椅子さえ受け入れてくれない。 それゆえに「お年寄りたち」は家に閉じこもりがちになるのだ。 市役所に就職し、現在の「高齢福祉課」に来て早や3年。 「実態調査業務」を始めて、状況が明らかになるにつれ、その「深刻さ」がわかってきた。 介護に関わる家族の負担は、即ち世帯の収入減に直結してしまう。 世代の収入の減少は、家族関係そのものにも大きく影を落としてきている。 「土屋さん?」 呼ばれて振り返ると、今年入ったばかりの「新人さん」が立っていた。 「…なに?川井さん?」 「あの…要介護2の方で、利用可能なサービスが…」 「そうね…単位から見ると、この期間では足りないわね」 …入ったばかりの新人に、細かい説明は無理だろう。 私が窓口で応対した。 「すみません…役に立て無くて」 いいの、いいの…徐々に覚えておけば、というと彼女は 「やっぱり…「ばーちゃん」の名は伊達じゃないんですね!」と笑って言った。 …うーん…やっぱり、あまり嬉しくないなぁ。 特に「若い子」に言われると「グサリ」と刺さる感じがする。 …でも、私…もう結婚も本気で考えても良い年齢なんだよね?。 窓から見える浅間山に、煙が薄く流れてる。 空はくっきりと青くて…もう冬も近いんだなぁ。 「柿の木」にも、もう赤い実が落ちそうに生っている…。 …私が移動の希望を「高齢者福祉」に決めたのは、この街がなんとなく「寂しく見え始めてきた」からだった。 …でも、私はこの街が好きだ。 坂道だらけで、冬が厳しくて…街も落葉松も、カチカチに凍り付いている風景の中に居ると、何故か知らないけど「ホッ」とする。 「胸の鼓動」は、耳を澄まして、静かにしていないと聞こえてこない…そんな感じ。 ここには人の「暮らし」があるんだ。 大学進学で長野市に住んでいて、卒業が見え始めてきた、3年生の秋。 それまで特に福祉に関わることも無く、当たり前の大学生活を送っていたある日、私は「ちょっとした事件」に巻き込まれた。 そのときの体験が、私を現在の場所に導いたのだと思う。 …とある場所に向け、クラスメイトたちとドライブに行ったときのこと。 田舎道の途中の「お蕎麦屋さん」で昼食をとっていた。 その蕎麦屋さんには、いかにも頑固そうな「おばあさん」がいた。 息子さんと思しき店主が、ときおり鋭い言葉を彼女に向けて吐いているのが聞こえた。 奥の座敷にいた私たちには、言ってる言葉はわからなかったけど、それが「叱責」だということは理解できた。 「お蕎麦が不味くなっちゃうよね…」友達は私に囁く。 そうね、と私が相槌をついていると、店主の一言に老婆が言い返した後、急に静かになった。 どうやら「おばあさん」は退却したらしい。 「すいませんねぇ…騒がしくって…」 お茶の代えを持ってきながら、奥さんが言う。 「あれでもねぇ…心配しての事なんですよ…少しボケが進んできちゃってね…」 …それから奥さんは「昔話」を始めた。 古い街道沿いにある、この蕎麦屋の歴史は古く、おばあさんと、今は亡き「おじいさん」の二人で「ここ」を切り盛りしていたのだそうだ。 道は悪いが、先にある「高原美術館」の牧歌的な風景がCMで評判になって、ドライブ客が急増し、観光シーズンは忙しかったらしい。 そんな蕎麦屋を二人きりでやってきたのだ。 今でも時折「あのとき」の感触が蘇って来るのだという。 みやげ物を並び替えたり、水を撒いてみたり。 店主である息子にすれば、それが大変に目障りらしく、つい忙しさもあって怒鳴ってしまうのだ、と。 「…流石にねぇ…人様には恥ずかしく思うんだけど、施設に入れようかな?って話しているんですよ…」 …そう言って奥さんは、そっと顔を伏せた。 彼女の話が終わると同時くらいだった。 突然大きな声がした。 店主の叫び声だった。 「救急車!!だれか、早く救急車を!!」 …私たちは蒼ざめた。 「おばあさん」が倒れている。 顔面を打ったらしく、口からは鮮血が流れていた。 意識は無い。 私は友達に 「早く救急車を!…それが済んだら、私のそばに来て!急いで!!」 …私は彼女の口の中を覗き込み、舌が咽に入っていないか確認し、口中の血液と吐しゃ物を掻き出すと、人工呼吸と心臓マッサージを始めた。 すぐに友達が電話連絡を終え駆けつけてくれた。 友達に心臓マッサージを頼み、自分は マウス・トゥ・マウスでの蘇生を試みる。 10分後、顔に血色が戻り、彼女は意識を回復した。 「…なぜ、なんだ?」 救急車が到着し、おばあさんを病院へ搬送して行った後、店主はポツリ、と店先で呟いた。 暫くはただ呆然としていたが、私たちが立っているのを見ると「申し訳ない」と、悄然とした面持ちで頭を下げた。 「申し…いや、ありがとう…アンタ方…おふくろを救ってくれたんだね?」 …あまりの驚きに我を忘れた店主は、彼女が倒れてからの記憶が曖昧になってしまっているみたいだった。 そしてもう一度、深々と私たちに頭を下げた。 「いえ…もういいですから…それよりも」 わたしは彼女が倒れた理由と、そして店主の「なぜ?」の呟きの理由が知りたいでいた。 「おばあさんは、どうなさったんですか?…何があったんですか?」 私の問いかけに、悄然としながらも店主は顔を上げ、答えた。 「…柿です」「柿?」 そういうとふらり、と手を上げて表の方を指差した。 そこには見事に熟した真っ赤な「柿」が生っていた。 「…あれを採ろうとしてたんだよ」 私は木のそばに歩み寄り、一番低い枝に向けて手を差し伸べてみた。 しかし、到底届かない。 「そこに梯子があるだろう?…あれを使って取ろうとしてたんだ」 確かに、傍らには梯子が倒れていた。 梯子をじっ、と見ながら、店主は溜息をついたあと、続けた。 「俺はさぁ、オフクロがもいでくれる柿を食うのが楽しみだったんだよなぁ」 …商売が忙しい合間、学校から帰ると、彼は弟達の面倒をみるのが日課だった。 何も無い山の中だが、一度迷い込んでしまうと見つかりづらいものだ、と言う。 目を放さないでいる事は、重要な「仕事」だったのだ。 「その褒美ってわけじゃないだろうが…オフクロは少し暇になると、ひょい、って梯子に上って、美味そうな柿を取ってきてくれるのさ…」 「…だから…だから…あんなになっても、俺にくれるために柿を!!」 彼は突然下を向くと、激しく嗚咽した。 ごめん、ごめんよ!と言いながら、彼はしばらく泣いたままでいた…。 …就職の時期が来て、私はいろいろと考えた挙句、市役所に勤務しようと決めた。 直接福祉の現場に行くことも考えたが、私が目指していたのはあくまでも「状況を変えて行く」ことだったので、あえて「指導が可能な立場」を求めたのだ。 私は現在、この街の高齢者の為に働いている。 いや、正確に言えば「高齢者が居宅する家族」の安心を高めるために、この仕事に就いたのだ。 仕事そのものは順調であり、大きな不満はない…が、なんだか知らないけど、時々ポッカリと胸に穴が開いたように、寂しくなるのは何でなのかなぁ?。 ******************************* …大学さ入って、オラは少しだけ後悔しただよ。 入学して暫くして、オラはクラスの連中の手がみんな「優しい」のに気付いただ。 豆があったり、ゴツゴツした「百姓の手」をしてるやつは、ほとんどいねえ。 オラみてえに、農業高校さ出て、入学してきたやつも少なかった。 みんなオラみたいに「農業やりてえ!」って気持ちだと思ってただから…ガッカリしただ。 でも、おら頑張っただよ?。 植物の生育環境、化学肥料による土壌の改良について…教えられる事はみんな覚えたし、もともとが肌に触れての経験があるから、すんなり理解出来ただが…。 「気分直し」に、ちょいと旅行さ出た。 春真っ盛りの山に、杏の花がきれいだっただよ。 バスを降りてブラブラ歩いていくと、高原野菜畑に出た。 高台から眺めると見渡すばかりの…それは見事な風景だっただ。 しかし…何か「寂しい」だね?。 黒土の台地に、緑がうねるようにキャベツが育っていた。 「…こりゃ、見事だが…」 立ち止まって呆然としばらく見てたで、後ろに車が停まったのも気付かないでいただ。 「おい…アンチャン?…バス乗りそこねたんかい?」 軽トラの窓から…30才くらいだべか?…日に焼けた顔はオラの「同類」だべな?。 「いや…オラ、畑見てただよ…」 「畑?」 …浅間山の麓にも高原野菜畑はあるけど、こんなにも大きい場所はねえ。 「…開拓農地だからな…昔は木しか生えてないような山林さね」 「まず「計画ありき」ってやつだな?」 「計画?」 「…高原の何も無い山林を開拓して、食料難の時代に栄養の有る野菜をたくさん提供する…まぁ、だかららここは…」 ふう、と一息、くわえタバコの煙を吐き出すと、農家のあんちゃんは言った。 「ここは過去の場所…もう盛りは過ぎて、もうすぐダメになる」 …いや、もうダメになりかけているのかもしれないな、と、あんちゃんは言った。 「…ここが…ダメになる?」 あんちゃんは再び息を深く吸い、煙を吐くと、言った。 「そうさ…ここの土はもう…疲れ果てているんだ」 見ろよ?とキャベツの葉を一枚剥ぐと…黄色く染みたように葉は変色していた。 「こりゃあ!?…」 「「黒腐病」…連作障害、および病害虫の駆除による農薬の多用…」 「…たった40年…それだけの時間で野菜が満足に出来ない土になっちまった」 「一体…なんだったのかねぇ…俺らの親父や、爺さんたちがやってきたことってのは、さ?」 …オラは、思わず空を見上げた。 青くて、高い、春の空は静かだっただ。 雲雀が鳴く空を見ながら、オラはオヤジや、じいちゃんのこと考えてた。 延々と繋がるキャベツたちは、もうオラには「可愛い」と思えなかった。 悲しみと、哀れさとが押し寄せてきて、キャベツは「緑の墓標」のように見えた。 「…死んじまう、だか?」 そういうと、あんちゃんは小さく首を横に振った。 「まだ死にはしないさ…意地でもさせはしない…しかし…」 あんちゃんは、ぎゅっ、と両の拳を一度だけ握った。 帰りのバスに揺られながら、懸命に考えた。 今、この国で行われている農業の現実…外国産の野菜、農薬に頼るしかない農家、おいしい野菜を口に出来ない都会の人たち…。 「…おかしいだよ!」 声に出して言ったら、客にクスクス笑われただ!。 …でも、やっぱり…おかしいだよ。 農地面積は減るくせに、薬だらけの野菜や、誰が作ったかわからねぇ野菜を平気で口に出来る人も、やっぱり、変だ。 それに「大量消費・大量生産」が招いた悲劇…酪農でも同じ事が起きている…これは変だ。 「オラは…どうしたらいいんだべ?」 オラは知ってしまっただ…知ってしまった以上は、平気でいるわけにはもういかね。 オラは…オラが「やりたいこと」をやるしかねえんだ!!。 でも「自分が出来ること」と見栄切ってみたはええが、なかなかそれが形にならねぇ。 卒業して暫くは、自分の家の畑で前と変わらない暮らしをしていただが…頭の片隅にはいつもあの「キャベツ畑」の風景が離れないでいた。 …ある日のこと。 「…なあ、和男」「なんだ?父っちゃん?」 「大学さ出たくらいだから…おめえのやりたいことを、オラは止める気もねえし、批判もしねえだが…」 「せめてよぅ…孫の顔くらいはオラに見せてくれるんだべなぁ?」 「…孫?」「農家に嫁の来てが少ねぇのは、おまえだってわかるべ?」 …考えたことも無かっただなぁ。 孫だの、嫁だの、と全く関係無ぇ話だと思ってただ。 「オラには…まだしねえといけないことがあるだ!」 オラがそう言うと、オヤジは頭を掻き掻き、こう言った。 「オラもそう思ってただ…かあちゃんと一緒になるまではな」 オヤジは話し始めた。 「オラが農業を始めた頃は、作れば売れる、また作る、の繰り返し…田舎から都会へ若人が流出する時代…農家は早急な「近代農業」への転換を余儀なくされた」 「結果的に農薬の大量使用、ハウス農業の成長…いつのまにか農業は「元手のかかる仕事」になっていっただ」 「オラは時代についていくのに懸命だった…嫁貰うなら、トラクター増やすだ!って、じいちゃんに食ってかかったこともあるだよ」 …初めて聞く話ばかりだった。 オラは手を止めて、オヤジの話を聞いただ。 「そんなときのこと…どうしても!ってことで見合いした相手が、おまえのカアちゃんだった」 「カアちゃんは…画家志望の美大生で…オラは心底驚くと同時に「何んも知らない都会っ娘が!」って、ちょっと腹立っただな」 「だから…早々に見合いは切り上げて…帰ったら明日の仕込みでもすんべえ!…てな、そう思いながら席についただよ」 ひととおりの挨拶が終わって、母ちゃんと話をする段になっただが…オラからする話なんて思い浮かばねえ。 話の「口火」を切ったのは、母ちゃんの方からだったな…母ちゃんはな?一言こう言ったんだ…。 「あなたの働いてる場所、今度見せてくださる?」ってな。 「は!?都会っ娘の自然回帰願望かよ?」 …オラは「それなら実際を見せて、ガッカリさせるのも良いか?」なんて思って…あ、この話は母ちゃんには言うなよな!?…見合いを破談にするために母ちゃんをこっちに呼びつけたんだ。 車でエンコラ長野までやってきた、母ちゃんの親父は迷惑そうな顔してたなぁ。 「…キレイな場所ね」「…そうかな?」 「風も冷たくて」「冬は厳しいよ」 …オラの素っ気無い返事など気にする風も無く、母ちゃんはくるっとな、回りを見渡すとこう言ったんだ。 「キレイだけど…寂しい」ってね。 「そりゃあな、田舎だからな」 オラは内心腹立たしい気もあったが…所詮は都会育ちの嬢さんのわがまま、と苦笑いながら答えた。 …したら母ちゃんはな真顔で「どうして?」って聞くんだ。 「どうして、って?」「どうして笑うの?」 「なんでそんな風に、口曲げて笑うの?」 それでもう一度「寂しい」って、言ったんだ。 「なんで、そんなこと言う?…良いじゃねえか?他人様の土地だぞ?…オラの土地だぞ?…アンタがどう思おうが、寂しかろうが、そんなのは関係ねえじゃねえか!!」 …オラはなんとなく腹立たしくて、声を荒げた。 いつのまにか拳を握りながら…母ちゃんを見て怒鳴ってただよ。 …なんで怒ったか、って?…「そこ」がな話の「肝」なんだが…。 最初に言った通りで、このころは「増加する都会人のために」野菜を大量生産しなきゃいけなかった。 「のんびりした」暮らしが、急激に変わっていった…このときオラは多分、都会を憎んでいたんじゃねえかと思う。 …だから、あのとき…「寂しい」って言われたことに腹が立って…「図星」だったのもあって…怒っちまっただよ。 それでな…そのあと母ちゃんはこうオラに言ったんだ。 おらを真っ直ぐに見詰めてな…こう言った。 「三年後…もしここが寂しく無くなっていたら…私はここに住みます」 そのときに…身体中に「電気」が走っただよ。 なんか溶岩がわいて出て来るみてえに、身体が熱くなっただ。 …オラはそのときにな…自分の中身がすっかり「冷えて」いたことに、気付いただよ。 そういうと親父は、白くなってきた頭の天辺を、コリコリと何度か掻いた。 …母ちゃんの話に奮起したのか、親父は他の農家とは違う考え方で、畑さ変えていった。 キャベツなんかの「青物畑」を減らし、その代わりに「ナノハナ」を植えていったんだ。 収入は減ったけんど、春は華やかになって嬉しかったそうな。 他にもハナモモや杏の木を植えた。 三年後の春、母ちゃんは約束どおり嫁に来た。 母ちゃんは「自分の住んでる場所が絵に出来ないようなのは嫌」と、親父に再会したときに言ったそうだ。 …だから母ちゃんは、作業の合間にぽつぽつと今でも絵を描いてる。 じいちゃんから託された土地を、親父は親父の考えで変えた。 だからオラにも「やりたいことがあれば、やってもええ」と、親父は言ってくれただ。 ただ、母ちゃんが絵を描けなくなることが無いように、と言って親父は笑った。 オラは旅先で見たあの「キャベツ畑」と、あんちゃんの言葉を思い出した。 「ただ、消費者のためにだけ、働いていれば良いのか?」 …オラたちが作った野菜を買って食べる人達は、オラたちの「歴史」を知らない。 知らなくても…平気で食べられるんだ。 それは…その関係は、やはりとても冷たい。 …「食い物」は元気の元じゃなきゃいけねえハズだ。 だからオラたちは精魂込めて野菜を作ってる。 …それで充分なはずなんだが…。 *************************** 「先輩!今日は私回りますから!」 …たまには早く帰ってください!とは後輩の言。 そういえば、久しく定時に帰っていない。 「じゃ、そうさせてもらおうかな?」 特に用事も無いのだが、たまには買い物でもしていってやるか?と思いついた。 近くのスーパーで、夕食の足しになるものでも買っていこう。 「…あれ?もう柿が売ってる?」 地元の柿はまだ青いままだ。 だからこれは「早生」で、何処かの山で採れたものなのだろう。 「…うーん美味しいかなぁ?」 少し迷ったが…バックに放り込んだ。 ほかに2、3買い物をしてから、我が家に向かう。 夕飯の後にさっきの柿を剥いてみた。 …あまり美味しくない。 お母さんも「これはちょっとねぇ」と渋い顔だ。 …勿体無いとは思ったけど、そのまま屑篭に捨ててしまった。 「美味しい柿が食べたいわねぇ…でも、家は農家の人は知らないしねぇ」 そうよねぇ…と、相槌をうっていると、不意に「誰かの顔」が思い出されてきた。 …農家の人…農民…あ!「ノーミン」稲玉君かぁ!…懐かしいなぁ…。 「思い出し笑い」でもしてたのか、私を見た母は「…何?…どうしたのよ?」と笑いながら言った。 …恋人のこと考えてる顔だったゾ!と茶化しながら。 恋人…かあ?…ノーミンが恋人なら、私は農家のお嫁さんよね?…想像してる自分が可笑しくて、私は噴出しながらもう一度「何でも無い」と言った。 あの「不味い柿」がきっかけで始まった「思い出」が、もう暫く経つのに頭から消えない。 中学時代の事…学園祭のことや、いろいろ…そうだ「給食の騒ぎ」のこととか。 次から次へと記憶がよみがえってくる…不思議だなあ…。 でも、一番記憶に残ってるのは、イチノ君たちが「旅」に出てしまったことかな?。 あの「きっかけ」になっているのが、妙子ちゃんとアサ君と…稲玉君の「三角関係」。 あのとき…そうよね、あのとき…私、どうしてあんなにハッキリと言えたんだろう?。 「大地の子」…確かに見かけ通りそれはそうなんだけど(笑)…でも、あんなにハッキリと断言できたのは、不思議…。 …好きだったのかなぁ?…本当は。 でも「3-7」って、毎日が忙しく回ってる感じで、一緒にくるくる回ってるのが楽しくて…恋とかし損ねちゃったみたい。 …これも不思議よねぇ…カップルがいっぱい!な場所なのに触発もされなかった。 きっと「楽しいこと」ばっかりで、特別恋愛しなくても良かったのよね?。 …フフ…良いんだか悪いんだか?。 あーあ、美味しい柿が食べたいなぁ!。 稲玉君の家を訪ねて…わけてもらおうかな?。 …なんてね…。 ***************************** あまりくよくよ考えていても仕方ねえだな?。 オラは「農家」だ…美味い野菜を作るのが仕事だ。 親父はオラの為に「専用」の畑を分けてくれた。 「おまえが思うようにやってみたらええ」 オラはオラがもてる「知識」を注ぎ込んで、畑を一から作ってみた。 …期待通り、収量も去年より多かった。 味も特に変わり無く、美味かった。 …ええ野菜、ええ芋がとれる。 当たり前に、収穫が出来る…オラは一体、何を考えてきたんだべか?。 かといって、何も無い日はあるもんだ。 「たまには街にでも行って来い!」って、母ちゃんに金渡されて、買い物を頼まれた。 …しかし「すーぱー」ちゅうところは、いつ来ても苦手だ。 物がありすぎる場所に来ると、頭がクラクラして、落ちつかねえ。 「稲玉君?」 …ふいに声をかけられて後ろを見ると、どこか懐かしい顔があった。 「え…と、ばーちゃん?」「(汗)…いきなり、あだ名で来るとは思わなかったわ」 「あ…えーと土屋さん…しばらくぶりだいな」 「ね?稲玉君…今度お家にうかがって良い?」 「?…ええけど、どうしてだ?」 「あのねぇ…この前ね柿を買ったのよ、このお店で…ああ、その柿ね」 …じっくりと見たその柿は、いかにも青いうちにもがれたような…不味そうな柿だった。 「なんちゅう顔色の悪い柿だ」「顔色?」「そうじゃ…まるで病人見てえじゃねえか?」 「病人…そうか、なるほどね」「で、なんだや?」 「食べたらね、美味しくないのよ…で、捨ててしまったのだけど勿体無くてね」 「どうせなら美味しい柿が…ううん、柿じゃなくても美味しい野菜が食べたくなっちゃってね…ずっとそうなのよ」 ああ、わかっただよ、と言って、その場ですぐ別れただ。 突然の再会は驚いたども、なにせ小さな街だ、巡り会わなかったのが不思議なくらいかも知れねえ。 …アサや嫁さんの妙子ちゃんにはよく会ってるけんども、他のクラスメートとはご無沙汰だなや。 て、あれ?…ばーちゃん、オラの家知ってただかな?。 **************************** …あービックリした!。 「まさか」のノーミンに遭遇するなんて!。 ましてやスーパーマーケットで遇うなんて、ね?。 私ったら、あんな出まかせ言うなんて…。 いろいろ「方便」も使った私だけど「自分のために」ウソつくのは…子供じゃないのにね。 …そんなにも会いたかったのかな?…ねえ悦子?。 「病気の柿」か…。 そう…私たちは「生きていくために、生きているものを」食べているのだけど…。 昔、あの「蕎麦屋」で自分の子供のために老いても柿を取ろうとしたお祖母さん…あの「事件」が私の進路を決めた。 「一番美味しい場所」の柿を取ろうとして、何もかも忘れて木に登ったお祖母さん…。 …私は「育ちきっていないまま」の姿で「お母さんの木」から引き離された可哀想な柿を「食べたいから」という理由だけで、安直にスーパーで求めてきた。 そして「美味しくない」と、ゴミ箱に放り込んだ。 「…何やってるのかな?」 ふいに独り言が口から漏れた。 不思議と鼻の奥のほうが少し塩辛くなった。 …そして再び稲玉君の顔を思い起こした。 ***************************** 電話が鳴った。 「ばーちゃん」…土屋さんからだった。 「番号ずっと変わらないのね?」 オラの家の場所…やっぱりよく知らなかった見てえだなや。 「ふぁっくすで送るだよ」「…え、FAXあるの?」「ぱそこんだってあるだが?」「…(汗)」 どうも、オラの家には洗濯機以外の電気機器は無いみたいに思ってるらしい。 「…わかった、送って」「いつごろ来るだか?」 「うーん…仕事が定時で終わってからだと迷惑カナ?」 「かまわねえだよ…おふくろも居るだし」 「…その、稲玉君は?」 「オラは…どうだかなぁ」「…ダメ?」「…うーん、適当に片付けるだ」 「…ありがとう…あの、そのぉ…」「?」「ノーミン、って言っても良い?…昔みたく」 「えっ!…い、言ってもいいだよ!」「…ありがと」 …はー、ドキドキしただ。 電話の後ろで父ちゃんがクスクス笑ってただ。 「おめえ、今頃田植えかよ?」「とーちゃん!!」 …いや、参っただなぁ。 **************************** その次の金曜日の夕方、私は稲玉家を訪れた。 「はじめまして…私、土屋といいます…和夫さんとは…」 「ええ、もちろん覚えてますよ…あのお下げ髪の、しっかりしたお嬢さんよね?」 「あ、はい…覚えていていただいたんですね?」 「…みんな個性的なクラスだったから…尚更印象が強かったのかもしれないわね?」 「今年は柿が良く出来て…沢山ありますから、どうぞ持っていって?」 「すいません!いただいていきます」 彼の「お母さん」は、気さくでやさしそうな女性だった。 中学当時の思い出話を玄関先でひとしきり話した後、暇乞いをしようとしたら呼び止められた。 「せっかく来ていただいたのですから、お夕飯などいかがです?」 「え?…そこまでは厚かましくも…」「うちの野菜をたくさん入れたんですよぉ」 …からだは正直、って言うか「ゴクッ」とのどが鳴った。 「そのうちに和夫も帰ってきますから…夕飯でも食べながら、もっとお話を聞かせて欲しいわ?」 …「お腹」と「気持ち」が、私に「ストップ」をかけてる。 遠慮もあったけど、私はお言葉に甘えることに決めた。 「あの…では、お言葉に甘えまして」「どうぞどうぞ!」 「…お母さん、ゴメンね!…かわいい娘のためだから、許して頂戴ね?」 心でわびながら、私は初めて稲玉家へと足を踏み入れたのだった。 作業から帰ってきたお父さんとお祖父さんが加わって、にぎやかな時間は続く。 …私も少し「お酒」いただいたりして(笑)。 「あー、こんなのが毎日ならええだがなぁ…なあ和夫よぉ」 「…とーちゃん…お客さんだで、誤解するだで!」 「…そっか、そりゃ失礼…で、土屋さん?」「…はい?」 「そのぉ…農家は好きかのう?」「…とーちゃん(汗)」 「…わたし、今の仕事大好きです…今は辞める気は無いんです」 「…そうだか…うん、そうだか…」「お年寄りと関われた事…いろいろあったけど、仕事は楽しかったです」 「…楽しかった、なの?」…お母さんが私に聞いた。 「今はどうなの?」「…少し…ちょっとだけ迷い始めているんです」 私は最近の心境を話した。 昔の「柿の木」の話から始まって…ささやかな、ちっぽけな話かもしれないけど、それでも包み隠さず話をした。 「豊かさ、って何なんだろう?…豊かな暮らしって、どうしたら提供できるんだろう?…わからなくなってきてるんですね」 柱時計の音だけがしていた。 私はポツポツと、今までの仕事と出来事を語った。 私はその晩、稲玉君の家に泊まった。 お母さんから借りた浴衣は、私にピッタリだった。 お母さんの隣に布団を敷き、一緒に時計の音や、水の流れる音や、風の音を聞きながら眠った。 …私は夢を見た。朝起きたら、枕が涙で濡れていた。 夢の内容は思い出せなかった…でも「幸せな夢」だったことは間違いないと思う。 私の小さな車のトランクにいっぱいになるくらい、たくさんの野菜を分けていただいた…無料で(!)。 それも嬉しかった…でも、一番嬉しかったのは、昨日の夜の出来事だった…。 *************************** 「あの日」から1ヶ月くらいが過ぎた。 今でも「ばーちゃん」は週一くらいの感じで家に来る。 流石に泊まっていくことはねえが、お茶飲んでいったりして小一時間ほどは家に居る。 オラは野良作業だで、あまり話はしねえだが、おふくろとは良く話をしてるようだ。 そんなこんなで、いきなりおふくろがオラにこんなことを言った。 「和夫!畑ばかり行ってないで、悦ちゃんと話をなさい!」 「だども草取りが…」「草はとってもまた生える…でも人の気持ちは二度生えてこないんだよ?」 「…?」「あー、もう良いです!」 そういい残しておふくろは母屋に帰ってった。 …でも母ちゃん…オラ正直信じられないだよ。 ばーちゃん…悦ちゃんが、オラを好いてくれる、ちゅうことがよ。 オラ…彼女に何もしてやってねえ…理由がねえのにどうして?って、そんなことばかり考えてるだよ。 それに…オラたちももうエエ年さなった…つきあうちゅうことは「結婚」と一緒、ということじゃねえけ?。 …オラには少し「重荷」だよ…自信もねえだよ…。 オラには考えることがいっぱいあるだよ。 低農薬の畑さ、ようやく収穫が安定した。 収量さ減って、苦しかった家計がようやく安定して…畑や田圃を分けてもらった「負い目」も無くなった。 あの「キャベツ畑」…「豊かさ」っちゅうやつを求めてきた時代も終わりになるかも知れねえ。 土地を守って、自然を守って…そうやって暮らしていくから、農家は胸を張って生きられるんじゃねえか?。 だから「きれいなまんま」にしておかなきゃなんね。 それが出来るのが「本物の農家」だと、オラは信じてる。 …悦ちゃんはあの時「今の仕事が好きだ」と言っただ。 オラも今の「仕事」に人生を賭けてる。 …悦ちゃんをオラの世界に引き込むことは出来ねえだよ。 …でも、オラもやっぱり…。 *************************** 今年の秋は、真っ赤な柿をたくさん食べた。 ノーミンが「籠いっぱい」に、収穫した柿を我が家に持ってきてくれたから。 あれから3ヶ月が経ったけど、二人の間には特別な進展はない。 …私が嫌なわけじゃないと思うけど…お母さんは「テレがあるのよ」って笑ってくれるけど。 うん…昔は毎日顔をあわせていたんだし、こんなものかもね?。 あわてない…あわてない!。 …ノーミンから貰った真っ赤な柿を見てたら、急にあの「蕎麦屋」に行きたくなった。 幸いにして、あのお祖母さんは無事だったみたいだけど「もう歩くことは無理だろう」と、息子さんからの手紙には書かれていた。 その手紙も3年ほど前からは来なくなった。 いつも気持ちにひっかかっていたことだけど、やはり確かめてみたいな、と思っている。 …私は電話の受話器を取った。 空が青くて高い!!。 とても気持ちが良いドライブ日和になった。 「…次はどっちだで?」「右曲がって…そう武石村の方」 …もうすぐだ。 昔来たときはクラスメートとだったけど、今隣で運転してくれてるのはノーミン…嫌がる彼を無理に誘って、ちょっとしたデート気分だ。 狭い山道を、高原美術館のほうへ登る途中に、その小さな蕎麦屋さんがある。 駐車場に車は無く、客は私たちだけらしかった。 「…あ、この木!」 …あの「柿ノ木」があった。 「この木だか?」「そう…この木よ」。 「…あの、お客さん?」 ハッとして振り返った視線の先には、懐かしい顔があった。 蕎麦屋の主人の奥さんだった。 …私たちは互いの目を見合わせた。 奥さんのこわばった顔が、みるみると泣いたような、笑ったような顔に変わっていく。 私たちは互いに歩を進めると、思わず手を握り合った。 「土屋さん!…どうもご無沙汰を」「…奥さん…こちらこそ!」 不意に風景がぼやっと滲んだ。 私たちは握っていた手を離すと、同時に自分の涙をぬぐった。 私はハンカチで、奥さんは前掛けで。 「あ、は…なんか久しぶりで…さ、こんな所じゃなんですから」 奥さんは「わたしたち」を店の中に誘った。 「さあ!ね、ご主人も、ね?」「…お、おら!」 …否定しかけたノーミンの腕を引っ張って、私は店の中に入った。 「ね、ノーミン…私にいきなり恥かかせるつもりかしら?」 「…恥?…おらなにも」「…いいの!おいおい言うから黙ってればいいのよ!」 …彼にはいい迷惑だったかしらね?。 「あの…ご主人は?」「今、病院へね」「…ご病気ですか?」 …いえいえ違うのよ、と奥さんは笑って「義母(はは)の様子を見にね」と言った。 「…あれからね…いろいろとあったんですよ」…奥さんは、私たちの前にお茶を置き終えると、話を切り出した。 …入院し、意識を回復した後も、お祖母さんが歩けることは無かったという。 認知症も急速に進み、ほどなくして自分の息子の顔や名前も忘れてしまった。 「…まぁ、寝たり起きたりして、元気なんだけどね…慣れたけど、みーんな忘れてしまって…昔のこともすっかり忘れてて…私にも優しかった人なんですけどね」 そう言うと再び両目の涙を拭った。 私たちは暇を乞うと、当初の予定を変更して、お祖母さんの病院を訪ねることにした。 山間の村に静かに建っている病院で、お祖母さんは生活していた。 ナースセンターで名前を言うと、突き当りから2番目の部屋を案内された。 「…先ほどまで息子さんがお見えになっていて」 看護婦さんが、そう教えてくれた。 窓際の、風が通るベッドの上で、お祖母さんは静かな寝息を立てていた。 その顔は不思議と安らかで、ときおり夢でも見ているのか、笑みを浮かべていた。 じっ、と顔を見ていると、涙があとからあふれてきては、白いシーツの上に落ちる。 手紙を貰ったとき、そこには「元気です、ご心配なく」と書かれていた。 いつもいつも短い手紙が、土産の品と一緒についてくるだけだった。 だから…元気になったんだ、とずっと思っていたけど。 「心配かけたく無かっただね?」傍らにいたノーミンが言う。 「悦ちゃん…これ」 そう言いながら彼が指差す先には、「真っ赤な柿」が小棚の上に、籠に載せられて置かれていた。 「たぶん、息子さんだいな?」「…うん」 私は一度、柿を手に取ると、じっと見つめた。 「ねぇ、ノーミン?」「…?」「わたし、絆って信じたくなった」 「今こうやって、私たちが話しているのは…この「柿」が在ったから」 「そして…美味しい柿を望んできたからよね…息子さんが欲しがったように…それをお祖母さんが取ってあげたように…」 「そして私が「まだ青い柿」を嫌がって…あなたのことを思い出したように」 「…不思議よね…人はきっと、知らないうちに自然に導かれてるのね」 「…そうかも知れねえだな?」「きっと…うん、そうだよ!」 私たちは見詰め合った後、同時にお祖母さんの顔を見た。 お祖母さんの顔には、今日何度目かの「静かな笑み」が浮かんでいた。 ****************************** …オラは今、柿の実を机の上において、じっと見ている。 昨日、病院で悦ちゃんが言った言葉の意味…その意味を考えていた。 「…絆、か」 …確かに悦ちゃんと、あの蕎麦屋さんたちを結びつけたきっかけは「柿」だった。 そして、オラと悦ちゃんを、再び会わせたきっかけも、またこの柿だった。 「…和夫、入るで」 そういうとオヤジが部屋に入ってきた。 「…和夫、どうなんだや、正直?」「どうって?」「かあちゃんも気をもんどる」「…」 まだ一年も経ってないでねか?…そういうとオヤジは「気心はもう、知れていようよ?」と、タバコの煙を吐き出しながら言った。 オラは黙った。 「本音を聞きてえ」…オヤジはタバコをもみ消すと、どっかりと畳の上に胡坐をかいた。 「…好きか嫌いか、それはもうわかっていようよ?」 「…オラ…悦ちゃんのこと大事になってるだよ」 「…そうか」「…でも、まだ決心はつかねえだ」「なして!?」 「オラも母ちゃんも、悦ちゃんなら!と思っとる…おまえも好いてる…なにが不満か?」 「父ちゃん…これ」「?…柿でねえけ?」 オラは父ちゃんの前に柿をさしだして言った。 「彼女は「絆」と言っただ…でも、オラは正直ぼんやりしてる」 「オラと彼女が遇ったのは、この柿のおかげかも知れねえ…でも!オラには正直その「絆」が見えねえだよ」 「まだ、オラたちは「一方通行」なんだ…そんな気持ちのまま、彼女を受け入れたくは無えんだよ」 …オヤジは腕組みしたまま「うーん」と唸ってたが 「…じゃあ、お前は「どうなれば」満足するんだ?…それはわかってるんだろ?」 「オラ…」「うん?」「オラ…悦ちゃんが、オラの「絆」をわかってくれたとき、プロポーズするだよ」 「はぁ?…一体そりゃあ?」「でも、それには時間が要るだ」「どれくらい?」 「来年の春先だ」「!…呆れた奴だ~…おまえ、彼女が逃げちまってもしらねえぞ!!」 オヤジは呆れかえったように言うと「この頑固もんが!」といって部屋を出て行った。 オヤジ…すまねえと思ってる…母ちゃんにも…。 でも「大切だからこそ」簡単に流してしまいたく無いだよ。 オラには農業も、悦ちゃんも大事。 だから両方に手を抜くのは嫌なんだ。 彼女にも「好きになってもらいたい」んだ。 オラがこれからやっていくことや、その景色ってヤツを。 自分から好きになっていってもらいたい…それには「見せなきゃいけないもの」がある。 **************************** …自分の気持ちに「変化」がおきているのを自覚したのは、つい最近のことだった。 「…そろそろだねぇ」「…?」「ねぇ…花嫁衣裳はきれいだろうねぇ…見たいねえ」 …仕事で回った家のお祖母さんは、認知症が進んで、もう自分の娘のこともわからなくなっていた。 「ええ、もうすぐ綺麗な衣装を見せるからね」 そういうと彼女は何度か頷くと、目を閉じ、寝息を立て始めた。 「そろそろ…か?」 ノーミンとの付き合いが始まって、もうすぐ半年になる。 そのうちに二人で出かけたのは、あの病院への見舞い以来無い。 …彼が私のことを嫌いじゃないのはわかる…でも、彼から「それ」を聞いたことは未だ無い。 人が好い彼のことだから…などと、つい思ってしまうのは仕方が無いこと…だと思う。 「駄目ねぇ…他人のことなら頭も回るのにねぇ」 自分のこととなると「からっきし」だなんて…今まで気づかなかったのが可笑しいくらいだわ。 ふと見上げると、3月の空に、柿の実が落ちないまま、ひとつ。 実っても…どこにも行けない柿の実ひとつ。 「私は…私は違うよ、うん!…違う」 …北の空の下、アルプスの峰が白く光ってる。 私もいつか…ね?信じていいんだよね?。 …オラは「未来」さ、植えた。 今までずっと暖めてきた「もの」を、形にするときが来たと思ったから。 未だ小さな畑だし、家で作ってきたもんを急に変更するわけにもいかねぇ。 とりあえずは自分の畑を全部使って「高原野菜」の育成を始めた。 農薬を極力使わない、自然を壊さない…それが目標だ。 でも「そればかり」じゃねえ。 オラはここを「人が集まる場所」にしたかった。 農薬を使用すればそれもかなわねえ…身体に害があるような場所で、子供を遊ばせることなんかできねえだから。 人が集まりゃ、何かが生まれる。 …オラは昔の「妖精館」みたいなのを、農業でやりたかったのかも知れねえな。 だからキレイな畑、キレイな場所を作るだよ。 そしてキレイな野菜で、キレイなこころと身体を作るだ。 それがオラの一生の仕事になる!。 そう決めただから。 …あとひとつだけ「とっておき」も「蒔いた」だ。 これはオラの勝手、オラだけの「仕事」だ。 それは…まぁ、今のところは秘密だ?。 *************************** …明日、私はこの家に別れを告げる。 私を迎えてくれる人たちの家に嫁ぐために。 *************************** 「…ちょっくら来て欲しいだが」 珍しくノーミンの方から電話がかかってきた。 「何?」「…見せたいものがあるだが」「何なの?」 「あ…とにかく来てくんろ!」 そういうと電話はガチャンと切れた。 正直、ここのところの私の気分は「うんざり」だった。 なにせ全く連絡が来ないし、あまっさえこちらからの電話も「忙しいだ!」でおしまい。 私が最後に彼に言ったのは「わかった!知らない!!」の一言だったから。 ホント…なんだか子供みたい…いやそれ以上かも?とか思ってため息吐いたりして。 それでも渋々でかけた。 そして出迎えた彼に「話って、何?」と尖って見せた私だったけど、彼はそれを意にも介さずに「こっちだ」とどんどんと歩いていく。 いかにも楽しそうに、大股で歩いていく彼を見て、私は中学のころを思い出していた。 …悲恋に苦しんだ彼、人付き合いが下手だった彼、よくからかわれていた彼…後姿を見ているうちに、いろいろな思い出が浮かんできた。 …と、その歩みがふと止まった。 彼に連れて行かれた先は、彼が譲り受けた小さな畑だった。 彼は、ふっ、と私のほうを振り返りながら「どうだや?」と聞く。 彼の後ろに現れたのは、ずっと長く続く菜の花の「一筋の道」だった。 起伏がある道は、途中で下のほうに折れ、その向こうには青い山々と、春未だ浅い信州の空が広がっていた。 「道」は浅黒い畑の中を進む。 ところどころの畑には芽吹きの緑がきれいだった。 「悦ちゃん」「…何?」 「この道を…これから…その…」「その?」「二人で…その…」 「あ…歩いていって欲しい…だ、よ」「…?」 「ここは…ここは、オラの理想郷なんだ…人生かけた…その場所を一緒に歩いて欲しいだ!」 「え?…あの、その、それって?」「…一緒になって欲しいだよ…悦ちゃん」 …ずっと待ち望んでいたことなのに、どういうわけか言葉が出てこない。 驚きもある…突然すぎて戸惑ってもいる…でも、そればかりじゃない「何か」が言葉を出させないでいる。 私は言った。 「ずるいよ…自分ばっかり」 本気で責めているわけじゃないけど、私は他の言葉がいえなかったのだ。 「…無理は言いたくなかった、だよ」 私の言葉に、ノーミンは微笑むと、言った。 「長い道のりになるだからな…上手くいくかもわからねえし…でも…」 「オラには夢は捨てられねえし…悦ちゃんを諦めることも…出来そうもねえし…だから」 「…だからこうやってみただ…これがオラの景色、オラの心だで…」 …私は茫洋と、この景色を眺めていた。 春風は未だ冷たくて、雲の流れもとても速い。 私は「この場所」に生まれたことを、あらためて実感したような気がした。 「春の恋、秋の恋、か…」「…?」 「昔ね、晴ボンが言ってたのよ…カナちゃんを雅一郎君と坂口君で取り合ったとき…」 「あ、…そういえばあっただな?」 「あのときのあとにね、晴ボンが言ったのよ…春のような恋もあれば、秋のような恋もあるって」 「ね?ノーミン?」「…?」 「あなたは「春」が欲しかったんだよね?…芽吹きの春…「始まり」の春、が」 おらは考えていた。 「芽吹きの春」…そう…それは確かにそうなんだ。 あの「キャベツ畑」を見たとき、おらは寂しかった。 時間の流れで生まれて、時間の流れの中で死んでいく…でもそれは「自然」の中で始まって、終わっていくもんだろう。 人が、人の勝手な思惑で作り上げて、壊していいもんじゃねえ。 農業は…そういうもんじゃねえ。 「私はね…秋を生きよう、って思ってきた…あのときのお祖母さんとの出会いからずっと」 「人の実りの時間を豊かなものにしたいから…まわりも含めて、みんなが暖かい時間を過ごせるように」 「それが悦ちゃんの「秋」だか?」 「うん…でもね、何か足りないな、って、ずっと思ってきたのよ」 「足りないもの…」「でも…いま、ハッキリとわかったの!」 悦ちゃんは、おらの顔を正面から見ると、こう言った。 「ノーミン!柿の木をここに植えなさい!!」 「柿の、木?」「そうよ…秋になると実をたくさんつける、そんな木を植えて欲しいの」 「…私、自分が「主人公」でいることを避けてきたのかもしれない…そういう癖が、染みていたのかもしれない」 「どんなに誰かのために頑張っても…それで「私」が幸せにならないでどうするんだろう?」 「仕事を懸命にしても、私自身が「幸せ」を実感出来なきゃ、それは「嘘」なんだって…そう気付いたのよ」 「…だから」「だから?」 「ノーミン?…私に「秋」を頂戴?」 「秋?」「そう…私の中に「実りの時間」を頂戴?」 最初は何のことだかよくわからなかった。 でもそのとき、おらの頭には、あの病院でのばあちゃんの顔が浮かんでた。 そして蕎麦屋のおかみさんの顔…その顔が今度はオラの母ちゃんの顔と重なって…胸がちょっと軋んだ音を出しただ。 そして…目の前にいる、悦ちゃんの顔を見た。 「その…それは…つまり「OK」ちゅうことで良いだか?」 悦ちゃんは小さくうなづくと「約束よ?」と言った。 ******************************* …あれから3年。 おらは「幸せ」っちゅうヤツを探し当てられた気がしてる。 悦ちゃんのお腹には、おらたちの最初の子供がいる。 彼女の言うとおりに、おらは「菜の花畑」の真ん中に「柿の木」を植えた。 去年は大して実はつけなかっただが、今年は少し期待してる。 こうやって「菜の花畑」を眺めていると、おらには色々なことが自然と判ってくるような気がしてる。 おらが果たして、彼女に「秋」をあげることが出来てるか?は判らねえが、おらは彼女から「春」を確かに受け取っただ。 おらが自分のために「歩き出す」ことを、彼女は後押ししてくれているから。 「ハルハナノハナ アキ アカイカキ」 植えた柿の木の傍らに、おらはこう書いた「板木」を刺し立てた。 これからずっと、同じように時間が過ぎていくように…ずっと、オラたちの子供から孫の代まで、ずっと続いていくように、と。 END

コメント

大変おもしろーございました。o(*^▽^*)o
満足です。(≧∇≦)

僕の希望なんですが・・・大江くんと奈美ちゃんはどうにかならないものですかねえヽ(´▽`)/

>絵部長さん

はは(笑)…長かったでしょ?。
読んでいただいてありがとうございます。

大江君と奈美ちゃんですかぁ…この二人は私の中では「残念ながら」結ばれないんです。
幼馴染ってねぇ…あまり上手くいかないと思うんです(経験談)。
一時、すごーく意識するんだけど、タイミングを逸しやすいというか、ごちゃごちゃ考えてしまうというか…「タッチ」なんかは、そのへんのニュアンスを良く出してると思うんですよね。
(ちなみに「あだちつとむ」と「あだち充」は実の兄弟です…兄はギャグマンガ家であの赤塚不二夫に「天才」と言わしめた人でしたが、彼の付き人として活躍し、惜しくも師よりも早く亡くなられてしまいました…田上家と境遇が似ていますね…縁起でもないが)

私の中で確定してるカップルは、今までの御方方と「イチノ&理美」組と「秀やん&深雪」組(これは書く予定はありません)です。
ただ、結ばれぬにせよ描きたいストーリーみたいなのは、いろいろな登場人物で有ります。
富樫元部長とかね。

また追々かいていきますから、おつきあいのほどを。

ですよねー。結ばれないですよねー。
あのタイミングであんなこといっちゃー
無理です。( ̄▽ ̄)

でもまあそれが幼馴染の難しさなんでしょねー。

大江くんは個人的にかなり思い入れがあります。

僕、あんな少年だったんですよ。
内面的に。

別に生物部ではなかったですけどね。(*^-^)

( ^ω^ )わかる気がする。

でも、キャラ的には大江君は大好き。
目立たないし、自己主張も派手にはしてないけど、けっこう頑固者っぽいところがあるしね。

私は中学の頃は「まさたか」的なポジションでしたね。
帰宅部だったし(^-^;

お久しぶりです。
ぬたです。

ちょっといろいろと忙しくて、ご無沙汰してしまいましたが、「ハルハナノハナ アキ アカイカキ」、楽しませていただきました。
それにしても、るみくすさんは農業問題、高齢者問題と、いろんなことをご存知ですね。
それも、単なる知識としてではなく、血の通った想いをもっているのですばらしいなあと。

ノーミンとばーちゃん、意外な組み合わせでしたが、なぜだかとっても心が温まるストーリーでした。
それぞれの心理描写が絶妙ですね。

ちなみに、高校生の息子(私がすくらっぷと出会ったころと一緒!)は、すくらっぷの中で「ばーちゃん」が一番の好みなんだそうで・・・。
自分の子供ながら、なかなか渋い趣味だなあと思ってましたが、わかる気もしますね。

>ぬたさん
どうもお久しぶりです!。
また来ていただいて、大変ありがたく思っております。

農業と福祉は、今の私にとっては結構近いところがあるんですよ。
私自身はこの二つは別物ではなくて「生活の根源」として同じ根っこにあるもの、と言う認識が強いのです。
ですので「ばーちゃんとノーミンのカップル」を思いついたときに、その職業や、職に就いた「成り立ち」というのが反映されたと言うのはあるかもしれませんね。

息子さんが「ばーちゃん」が好みでいらっしゃるとのこと。
…うーん、深いなぁ…きっと人の痛みがよくわかる、優しい方でいらっしゃるのでしょうね。
私は…誰だったかな?…なにせ浮気性なもんで(笑)。

面白かったです!!
自分も。。。なんていうのかな。。。自然な野菜に興味があるので、染みました!!

和夫さんと悦ちゃん、お幸せに!
和夫さんのお母さんも好きだな~

>Mi2aさん

コメントありがとうございます!。
Mi2aさんは「すくらっぷ・ブック」ご存じですか?。
もしご存じなければ、ご一読されることをお勧めします。
私は小山田いく先生の「すくらっぷ」にインスパイアされて、このページを書き始めました。
今思っても「すくらっぷ・ブック」は凄い作品だと思うし、実際に何度も小諸市を訪れ、空気に触れるたびに、その凄さを実感しています。
「このこと」については、次のブログで少し詳しく書きますね。

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