夕暮れ少女

…俺がここに帰ってきたのは、ただの「偶然」に過ぎないんだ。 「生まれ故郷」ってわけでもないし…いろいろあった土地だけどね。 …友達?…そうだな、多分元気なはずだよ?。 薄情ね、って?…そうかもしれないけど、俺にはあまり仲が良い友達って、少なかったんだよ。 隣の家のサブ…喜三郎、略してサブ…アイツとよく遊んだくらいだけど…もう、アイツの家、無いんだよ。 借家住まいだったからさ…俺もアイツも。 去年久しぶりに年賀状が届いたっけ。 あのころ…小学校の5年生だったかな?。 俺はこの街に二つある小学校の…どちらかというと「街中」にある学校に通ってた。 …ほら、もうひとつの学校があの国道より少し上った場所…そうそう、あのコンクリートのやつだな…あそこなんだ。 俺の学校はもっとずっと線路寄り…市街地が近くて、時折遊びに行ったけど、運動場がせまくて…めいっぱい「石蹴り」が出来なかったな。 いろいろ…思い出すよな。 …まだ4時前か?。 あっという間に太陽が落っこちていきやがる。 帰る?…そう、まだ居たいのか…それなら夕暮れまで粘ろうか…。 ここから見る夕焼けは、天下一品だぜ!。 …夕暮れ…夕暮れって言やあ「あの子」どうしたかな?。 …うん?…いや、そうだよ?「女の子」…だって小学生のころの話だぜ!?妬くようなもんじゃないだろ?。 うん…あれは俺が、この街を引っ越す前日のこと…あの「上のほうの学校」のそばで見た、女の子なんだ。 実は俺、あの「上のほうの学校」に通いたかったんだよ。 缶蹴りや石蹴りが存分に出来た…それもあるけど、近所の友達はみんな「あっち」の学区だったんだ。 …で、離れ離れ…それが友達が少ない理由なんだけど、だから「仲間はずれ」みたいで悔しかったんだ。 親父に駄々こねてみたこともあるけど「うるさい!」で終わりだったな。 親父はさ…土方みたいな仕事しててさ…いろんな場所を渡り歩いてたんだ。 俺がこの土地に居たのは、5年間くらい…その間におふくろが急に死んだり、弟は小さいしで…正直大変なことが多かったよ。 だから余計、みんなと同じ学校には行きたかったんだがね。 三学期が終わって、あわただしく「次の場所」に向かう準備をしてたんだけど 「荷紐が切れた…店行って買って来い」って、親父に五百円札を渡されて買い物に行かされたんだ。 俺は頷いて、歩いてほんの5分くらいのところにある雑貨屋に向かったんだ。 荷紐を買い終わって西の空を見ると…とんでもなく赤い夕焼けの空が目に飛び込んできた。 きれいだな…と、しばらく魅入っていると…俺のほんの少し前に、一人の「女の子」が、俺と同じように夕焼けを見て居たんだよ。 その彼女の横顔が…なんとも言えなく寂しそうだったんで、俺は夕焼けじゃなくて今度は彼女に「釘付け」になっちまったんだ。 歳は俺とあまり変わりそうも無いけど、見たことが無い子だった。 …可愛かった?…そうだなぁ、確かに可愛かったよ。 ただ…髪型、そう「前髪」の格好が変わっていてさ、片方の目の長さまで長く髪が垂れていたんだよ。 それも印象的だった理由のひとつだった。 彼女は…俺のほうをフッ、と見ると街の中へ向かって歩いてった。 笑いもせず…一瞥すると、歩いていったんだ。 俺は…自分の心臓がどうしてこんなにもドキドキするのか理解できなかった。 …たぶん、あれが俺の「初恋」だったんだな…。 …一通り荷造りも済んで、いよいよ明日は引越し先へ、と言う日。 …わかんないかもしれないけど、俺の家みたいに「引越しは年中」という家は、前日になってバタバタしないように家財道具も最小限だし、手際もすごく良いんだ。 だから、前の日になると「何もすることが無い」。 学校も休みだし、サブは旅行に行っていないから、サヨナラはもう済ませといたし。 親父と家にいたら気が詰まって仕方無いからさ、俺は自転車に乗って出かけたんだ。 …あてなんか、何も無い。 ただなんとなく「この街にサヨナラ」がしたかった…とかいうと、気障かな?。 …え?「あの子を探しに出かけた?」…痛いところを突かれたなぁ…それは自分でもわかってたんだ。 何せ、家にいても体がウズウズして…落ち着かなかったからな。 自転車に乗って探し回って、それで見つかるわけは無い…そんなことはわかっていたよ。 「走る」ってことで、この「モヤモヤ」を解消させたかったんだ、と思う。 まず駅に向かって…それから城址公園に…そのままずっと上っていって「上の学校」まで漕いだ。 そのころには体中汗だくで…息が切れて、少し苦しくて…。 …いつの間にか日は傾いていて、また綺麗な夕焼けが西空に見えてたよ。 俺は自転車から降りて、歩いた。 なんとなく「まだ帰りたくない」って思ってた。 下り坂をトボトボと、国道との交差点に向かって歩いていたんだ。 消防署の赤灯が見えた。 俺は思わず立ち止まった。 「あの交差点を超えたら」 俺の5年間の…思い出がみんな消える…なぜかそんな気がしたから。 最初の一歩が踏み出せなかった。 夕闇に飲み込まれるように、下の街のほうが暗くて…。 「あそこ」に戻れば…思い出も何も無くなった俺が「ただいま」って言って、玄関の戸を閉めて夕食を食いだすのだろう…そんなふうに思ったんだ。 そのときの夕焼けは綺麗ではあったけど…血の色のように恐ろしく感じた。 「…そんなことあるもんか!…何を考えている?俺!!」 俺は自分の「妄想」に蹴りをつけるためにキッ、と顔を上げて、再び自転車を押し出した。 …何も変わりない!…俺は俺だ!…どんな場所でも、俺は俺だ!!。 俺は消防署の「赤灯」をジッ、と睨みつけながら、歩き出した。 …ずんずん…ずんずんと突き進んでいく。 ただひたすらに赤灯を睨めつけ、俺は坂を下っていった。 他のものは一切見ないで、ただひたすらに。 いつの間にか俺の視野に、黒く「影」が入ってきた。 その「影」は、どんどんと大きくなっていった。 「それ」はやがて「人の姿」となり、俺の前にハッキリと現れた。 ずっと睨めつけていた赤灯から目を外すと…俺のすぐ前には、一人の「女の子」の姿があった。 …しかし、顔はよく見えない。 暗がりになっていたのと、照明ばかり見てきたので、目が「焼けて」しまったから。 「…危ないよ?」 「…え?」 「遠くばかり見て、すぐ前を見てないから」 「…」 俺は言葉を失いながら、彼女の言葉を聞いた。 「あ…悪…い…悪かった、よ」 「どうしたの?」 「…なんでも、ない…」 俺は自分の目が早く元に戻るのを願った。 彼女の顔はまだ照明の残像の中だった。 …俺はしきりに目をしばたたせながら、彼女と話した。 それを見た彼女はクスッと笑いながら、横を向くと、 「明日も…きっと晴れだよね!」と言った。 …それから何があった、って?。 いや…それから彼女は、まっすぐ坂を上がっていったよ。 一度も俺を振り返ることもせず、ただ、まっすぐにね。 …でも…俺は彼女とすれ違う刹那、彼女を見たんだよ。 彼女の横顔と…そして彼女の長く垂れた前髪をね。 …彼女の背中に…本当に最後の残照の光があたって…夕暮れの光の中に溶けていくみたいだった。 妖精みたいだった…キレイな…キレイな「光景」だったよ。 俺はそのまま彼女が闇に消えるまで見送った。 そして自転車に乗ると、すっかり暗くなった街のほうへと下っていったんだ。 不思議なことに、もう「暗闇」は恐くも何とも無かった。 …これで昔話は終わりだよ。 さて…もう帰ろうか?。 え?…彼女に再会(あ)いたくないか、って?。 …いや、それはもう、良いんだ。 もしも…今の彼女に会えたとしても、もう彼女は昔の彼女じゃないし…俺も、変わったんだし。 何より、俺には「おまえ」がそばにいてくれるからね。 明日からいよいよ「ここ」で仕事始めだ!…頑張るぞ-…おまえと、俺と…「新しい生命」のために!。 現場は、ここを少し下がった場所で…歯医者が建つんだそうだけど…。 (おわり)

Yahoo!基金

2020年1月
      1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 31  

最近のトラックバック

るみくすのリンク

無料ブログはココログ