一緒がいいよね?

…どうしてこんなに緊張するんだ…いつも着てるようなスーツと変わり無い…ただ「真っ白け」ではあるけれど…。 …「控え室」まで何処かケバケバしくて、金ピカな感じがして…俺の趣味じゃないな…。 机や椅子まで白いなんて、信じられないぜ。 …あー緊張する…さっさと始まればいいんだ…なんか、本当にもう帰りたい気分になってきたぞ。 灰皿が少なくとも「白」じゃない、って言うのは、少し安心したところだな。 落とした灰が目立つって言うのは、なんとなく心配な気分になるからな。 …あーそんなことよりも咽渇いてきたな…ビール…ビール無いか?…オーイ!…って、係の人の呼びかけようとした瞬間、トントン、とノックの音がして「失礼します」と初老のオバチャンが部屋に入ってきた。 「…花嫁さまのお支度が出来ましたよ」 そう言った彼女の後に入ってきたのは、純白のドレスを着た花嫁の姿、だった。 「…ヨーコ?」 一言俺は言うと、暫しの間絶句した。 …そう「暫しの間」だ。 しかし俺はそのわずかな間に「昔の出来事」を思い出していたんだ。 * * * * * * * * * * * * * * * * * * * *  …俺とヨーコが出会ったのは、信州の小さな街の中学校でのこと。 平たく言えば「同級生」というだけの関わりでしかなかった二人だった。 「おせっかい好きな連中」ばかりのクラスに入ったのが運のツキか?。 なんとも頼りない…いや危なっかしい!危険な!女の子を「あてがわれ」て、どういうわけか「付き合い」が始まった。 いろいろなことがあったっけな…ヨーコの奔放さに疲れて、遊びの誘いを断ったこともあったな。 そうしたらアイツ!いっぱいの「セミ」を袋に詰めて、俺んちに持ってきやがった!。 …いやいや「元の原因」は、俺がカッコつけてアイツに言った「木陰で蝉の声でも聞きたい」の一言なんだけど。 とにかく…アイツといるのは大変だった。 オロオロとアイツの後を付いて回る姿を見て、クラスメートは笑っていやがった。 俺とアイツの「仲」を取り持つことで、互いの「足りないところ」を補完してやろう、って目論見だったんだろうけど…そいつはしかし、癪ではあるけれども…。 高校も同じところに行った。 …いや、正確には「行けた」というのが正しいかもしれない。 ヨーコの「特殊能力」である「丸覚え」は、高校受験では驚くべき効果を発揮し、殊に歴史と国語では無敵ともいえる状態だった。 高校に入ってからは、この二つの教科以外でも、彼女は「特殊能力」を次々に発動していく。 もとよりの「素直すぎる性格」は、難解な数式も「疑問なく覚える」ことで、アッというまに理解してしまう。 だから成績は学年でもトップクラス(!)。 …あれには正直、まいったなぁ。 しかし心配事はそれだけに収まらなかった。 どういう理由か、成長したのは「頭の中」ばかりじゃなくて…身体の方も同じように成長したんだよな(汗)。 身長は伸びるわ、スタイルは…で、なんだかんだで学校でも「注目の的」になっちまった。 でも、性格まで変わるわけじゃないから…いろんな男がモーションかけてきてもすぐ「和則~!」だったから(笑)……ま、そこはプライドが保てたっていうか。 でも内心穏やかだったわけじゃない。 俺とヨーコの「つきあい方」は、中学の時と寸分変わっていなかった。 ヨーコの中の「子供の世界」が、俺の中の「大人を望む世界」と相容れなかったんだ。 そのことが…「あの事件」を引き起こすキッカケになったんだ。 * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * 「友田君?」 そう言われて振り向いた先には、見知らぬ女の子が立っていた。 どこか垢抜けない顔、年格好は俺と同じくらい…制服を着ていたが、高峰(ウチ)の制服とは違った。 どこで知り合ったかは、全然覚えが無かった。 「…こんにちは」「…どうも」 …面識が無い相手に挨拶されるって言うのは変なものだ。 「…あの、何処かで?」「…あ、そうよね…わかるわけないか?」 そういうと彼女は、自分のカバンの中から「小さな鉛筆」を取り出して俺に見せた。 「???」「…忘れた?…そうよね、忘れて当然かな?」 …彼女はクスッと笑うと、鉛筆を捻って俺に近づけてみせた。 鉛筆は上の方の一面が削れてて「トモダ」とカタカナで下手くそな文字が書かれている。 「?…俺と同じ名字…これは?」 「アナタがくれたのよ…昔、私にこれを」「こんな?…鉛筆を?」 そうよ、と彼女は言うとクルリと背中を向けて 「…あなたが好きです!…って、私にくれたんだよ」 エッ!と吃驚したきりで言葉が出なかった。 固まったままで、何か言葉を探そうとするのだが、言葉が出てこない…頭の中が白い靄がかかったようになって「好きです」の言葉ばかりが空回りしているようだ。 「いや…その…」「…思い出してくれた?」「それが全然…悪いんだけど」 「…そうか…思い出せないんだ?」 …そう、全く記憶に無いんだから。 いやしかしまてよ…こんなに唐突な展開が、事実であると考える方がどうかしてる。 この女はきっと、俺をからかってみたかったのに違いない…うん!そうに決まってるじゃないか? 「…きみが…何者なのかは知らないけど…無い記憶は、無い…出てくるハズが無いんだ」 「少し驚かされてしまったけど、楽しんでもらえたかい?」 俺は思いきり「クール」を気取って、彼女の前で道化のポーズをする。 …そう、それで彼女は満足して笑みを浮かべて…それでお終い…って、アレ?。 …彼女の顔は硬直したように固く、今にも泣き出しそうに暗かった。 「ハ?…ハハハ、本当に忘れちゃったんだ?」 彼女は鉛筆を抱くように胸に手を合わせて「やっと帰ってこられたのに」と言った。 「友田くん…約束、わたし守ったよ?」 そういうと彼女はサヨナラも言わないで離れていった。 その夜は、いつまでも、眠ることが出来なかった。 再び彼女に会ったのは、それから二日後のことだった。 彼女は「この前はすいませんでした」と、ペコリと頭を下げた。 「俺…あれから色々考えたんだけど…どうしても思い出せないんだ…君を疑ってるわけじゃないんだけど」 彼女の「本気」は、この前の態度でわかった。 彼女は嘘をついていたわけじゃないし、からかったつもりでも無い。 それは十分感じ取れたんだ。 「忘れちゃったんですね?…無理ないですよ…だってもう10年近く前の話ですから」 「…10年!?」「…坂道小学校の頃、覚えてますか?」 「…小学校?」「3年生の時です」「…」 「3年生の終り…終業式の日に、私、転校していったんですよね」 …俺の頭の片隅で、何かざわつく感覚があった。 茫洋と浮かんできた「それ」は、わんわんと泣きながら、日暮れの道を歩く女の子と、そのすぐ後ろを歩いていた「俺」のガキの頃の姿だった。 「お母さんがね…死んじゃったんです…突然の事だったけど」 本当はかなり悪い状態だったようだが、彼女のまわりの大人達は、そのことを彼女に告げないままでいたのだと言う。 入院先の病院で、彼女の母親は息を引きとった。 彼女は、父親の実家で暮らす事になり、急遽転校が決まったのだと言う。 「私ね…お母さんが消えてしまったみたいで、迷子になったみたいで…それに仲良しの友達とも会えなくなるんだよ、ってお父さんに言われて…悲しくて…」 「泣きながら家に帰る時…後ろから来てくれた友田くんに「これ」って言われて渡されたのが…あの鉛筆なんです」 …俺はその時のことを徐々に思い出し始めていた。 そうだ…俺はどこかで「この子」のことを想っていたんだ。 あれが多分、俺にとっての初恋だったかも知れない。 「…こうやってね」 彼女はそばにあったベンチの上で、あの鉛筆を転がした。 「この「トモダ」のところで百回止まったら、俺が会いに行くからな!って言ってくれたんだよ?」 「そりゃ…恥ずかしいな」 そんな「ませた」事、言ってやがったのか…参ったなぁ、と答えると、彼女は小さく「かぶり」を振ってから 「私…本当に感謝してるんだよ…それまで友田くんのことは気になってなかったけど…転校してからは帰りたくて…友達に会いたくて…友田くんが来てくれれば、一緒に帰れるかもしれない、って思ったから」 「…そんなふうに信じていたかったんだ…だから、何度も、何度も、鉛筆を転がして…さ」 「…やっと会えたね?…百回はとっくに過ぎちゃったゾ?」 そういうと彼女は、俺を見上げるとニッコリと笑ってみせた。 …俺は自分の胸に「熱い矢」のようなものが刺さるのを自覚していた。 「あの頃」の記憶も、すべてを思い出した。 ただ、ひとつだけを除いて…。 「…あの、ゴメン!名前を忘れてしまったみたいなんだ」 「…菱野遥子…宜しくね!友田くん」 …それから「遥子」…「ようこ」との付き合いが始まった。 それはつまり「ヨーコ」…「山崎洋子」との付き合いと「共存」という事になる。 それはきっと、許されるべきことじゃないんだろう。 しかし、俺の中ではどちらの「よーこ」も同時に愛しかった。 「ずっと帰ってきたかった…でも、向こうの学校でも良くしてくれる人がいっぱいいて…いつの間にかそれはどうでも良くなってた」 「でも…なんていうかなー?…友田くんのくれた鉛筆を転がして、寂しさに耐えているうちに、この鉛筆の存在が大きくなって…それと同時に…」 「同時に?」「…聞きたい?」 悪戯っぽく笑う彼女は魅力的だった。 美人ではないし、スタイルも標準的ではあったけど、あの「笑顔」を見ていると、自分の中の「疲れ」が飛んでいく思いがした。 …しかし、彼女との時間が終わると、同時に「自己嫌悪」の波が強力に押し寄せてきた。 それは学校で「ヨーコ」の顔を見た時も押し寄せ、奔放な彼女の行動を追いかけて回る自分に、ますますの「疲れ」を運んでくるという「悪循環」をもたらしていた。 * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * 「…和則?」 ふと気がつくと「純白のドレス」が、どこか心配気な顔をしてのぞき込んでいる。 「ヘンじゃないよね?…どう?」 「ヘンなんかじゃないさ…似合ってる」 俺がそう言うと、彼女は「じゃ、また会場でね!」と言いながら部屋を出ていった。 俺は新たに煙草に火をつけると、大きく息を吸った。 * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * 「ようこ」と二人で、S県の遊園地にデートに出かけた時があった。 なぜS県か?というのは愚問に尽きるだろう。 他人の目を気にしたからなのは言うまでもない。 この時の俺は「ヨーコ」も、それに「ようこ」も傷つけたくはなかったし、同じくらいに愛しかったからだ。 …馬鹿なヤツ!と笑いたければ笑うがいいさ。 でも、本当にあの時の俺は、どちらも失うのが強烈に嫌だったんだ。 「…友田君」 「ようこ」が緑色のベンチに座る、隣の俺に声をかけてきた。 …今回のデートで気がかりだったのは、彼女がすごく無口だったこと。 何かを話したくて、話せないでいるのが、俺にもなんとなくだがわかった。 「友田君…あのね…」「…うん」「もう…会わないのがいいよね!…ね?…」 突然そう彼女に切り出された俺は、激しく狼狽した。 「…な?…よ、ようこ、何を言い出す…」「…知っちゃったから」「知ったって…何を?」 「友田君…黙ってたのは良いの…私もあなたが好きだったから、それでもいい…でも、これ以上…」 …彼女の言葉に二の句がつげなかった。 彼女が何を言いたいかはわかったし、俺が無言であることが、彼女の知っていることが事実だということの裏付けになっていた。 「…ようこ」 「…楽しかったァ!…本当に、本当にありがとう!…長年の夢がかなったんだから、もう神様を待たせちゃいけないんだよね?」 そう言うと彼女は俺の目を真っ直ぐに見ると「帰ろう?」と一言だけ言った。 電車が闇の中を、何度も赤く染まりながら走り抜けていく。 同時にカンカンと、けたたましい音が、俺の頭の中で反響する。 俺は自分の愚かさと「ようこを失いたくない!」という思いで、胸が潰れそうだった。 「友田…君?」 ずっと押し黙っていた彼女が、ようやく口を開いた。 それは電車が小諸駅に滑り込む、二駅前の出来事だった。 「…ようこ、降りよう!」 俺は何か言いかけた彼女の右手を掴むと、強引に彼女を引っ張って、列車の出口を抜けた。 降りたホームには人影など無い。 小諸駅から十数キロ離れた田舎駅で夜中に降車する、ということは、即ち…交通手段が大変に限定されるってことだ。 平たく言えば「帰れない」…ま、帰れないことはないが、タクシーを呼んで家人を起こして、料金を払ってもらうという「みっともなさ」だけは味わいたくなかった。 しかし、その時は後先のことなど頭になくて、ただただ「時間」が欲しかっただけだったんだ。 がらんとしたホームで電車を二人で見送ったあと、俺は「ゴメン!」と彼女に頭を下げた。 彼女はしばらくは呆然としていたけど、やがて笑って「…歩く?」と俺に言った。 …十数キロを歩く、というのは、平地でも辛い。 多少下り気味の道程ではあるけど、ただ真っ直ぐに降りてるわけじゃなくて、たまに上りがあるのが歩きづらく感じる。 「あー久しぶりだなぁ、こんなに歩くなんて」 彼女は電車の中の暗さは何処へやら、たまに鼻歌など歌いながら上機嫌みたいだ。 俺は彼女の「言い出しかけた言葉」の続きが知りたくて、どこかウズウズしながら彼女の後ろを歩いていた。 「ね?友田君?」 彼女はくるっ、と身体を反転し、俺に向き直ると「ね、あそこにいこうか?」と言う。 彼女の指差す方を見て、おれは仰天した!。 なぜならその方向にはネオン輝く「HOTEL」の文字が浮かぶ建物があったから。 「よ…ようこ?…な、なにを考えて…」 「…疲れたんだもん」「そ、それは…俺も…」 俺もそうだ、などと思わず引き込まれるように言ってしまいそうだ。 「で、でもそれは…」「…?」「それは、その、あの…」 彼女は狼狽し、困惑する俺をじっと見ていた。 その顔は笑顔のようであり、泣き顔のようであり…俺が今まで見たことのない彼女の表情だった。 そして彼女の顔は、少しづつ泣き顔へと傾き、そして遂には俺を見ながらホロホロと涙を流し続けているのだった。 唇をこれでもかと噛みながら、それでも顔を下げずに、彼女はただ、泣いていた。 「何か言わなければ」と、たじろぐ俺が声をかけようとしたとき、彼女はその日初めての大きな声を上げた。 「馬鹿!!馬鹿!!…言い訳なんか、いらないっ!!」 …いらない、と、もう一度「ようこ」は叫んで、踵を返した。 その後、二人は夜道をただ歩いた。 どう歩いたのかもわからないし、彼女の姿もいつの間にか見えなくなっていた。 でもどこか気分が虚ろで、彼女を探そうという気も、その時の俺にはなかった。 自分の家に帰ったのだろう、と、それだけを思った。 * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * それからしばらくの間「ようこ」にはもちろんの事「ヨーコ」に会うのも避けてきた。 恋愛という奴に、すっかり疲れた俺がそこに居た。 その状態の終りを告げたのも、実は「ようこ」だった。 彼女は俺を待ち伏せると「ごめんね」と言った。 「…会えないんじゃなかったっけ」「…ごめんね」「…」 一言の先がどうしても出てこなかった。 正直未練はあったし、あんな形で終わりにするのは嫌だったから。 「わたし、欲張ってたよね?…だって二人とも恋人同士ってわけじゃないし」 「…そうじゃなかった、ってこと?」「…うん…そう」「俺は…ようこを…」 好きだ、という言葉がこんな時に言えないのだ、と自分の優柔不断さに腹がたった。 俺が答えを返す前に、彼女は言った。 「…友達でいい…私はそう決めた…それじゃ駄目なのかしら?」 …以前の「ようこ」ではない彼女がそこには居た。 俺はごくり、と生唾を飲み込むと、彼女に同意した。 「かずのりー…ねえ、今度の日曜、どこ行こっか?」 屈託の無い笑顔で「ヨーコ」が笑う。 あれ以来「ようこ」からのコンタクトは全く無かった。 そのかわりに「ヨーコ」と出かける時間が多くなっていた。 彼女は「ようこ」の存在も知らないようで、以前と全く変わりがない。 「…それにつけても」と彼女を見て、俺は思う。 背丈はもう中学時代に比べ10センチは伸びているか。 そればかりではなく、明らかに目立つようになってきた胸といい、さらりとしてきた脚といい、もとよりが幼い顔立ちだったことだけ変わらぬままに、すっかり体形が大人びてしまった。 俺と並んで歩いていると、明らかに不釣合な気がする。 「な、ヨーコ?…今、楽しいか?」「楽しいよ…今度は「ハチミツパイ」食べに行こー」「…はいはい」 「ね?和則?」「あ、なんだ?」「わたしさー、ブラのサイズが上がったんだよ!」 俺は口に入れていたフライドポテトが飛び出さないように手を当てた。 「ば、バカ!そんな話店の中ですんな!」「だめ?…じゃ、後でね」「後も駄目!」 店の客の好奇の目が集中するのがわかる。 「ハ、ア…「ようこ」はこんなこと言わないんだけどな」 お構いなしにキャッキャと笑いながら話す「ヨーコ」をみて、思わずそう思った。   「ヨーコ」に無いものを「ようこ」は持ってる。 それが俺が「迷う」理由なのかも知れない。 …いや、それだけじゃない…ようこと俺の出会いは、幼かったとは言え「俺がやったこと」が切っ掛けになって始まったことだ。 それに比べると「ヨーコ」と付き合いだしたのは、中学の悪友たちが俺とヨーコを「くっつけた」わけで、なんとなくというか、結果的にはというか、そんなものでしかないはずだ。 だから「ヨーコ」を見てると「ようこ」を思い出す。 「ようこ」と会ってると「ヨーコ」が心配になる。 どちらも離れられず、どちらも捨てられない。 …ああ、なんという運命のロジックだろうか?。 …ただ、こんなこともあった。 「ヨーコ」と近所の公園に出かけたとき、滑り台の上で二人で並んで夕日を見ていた時のこと。 「ね、和則?」「うーん、なんだ?」「私がもし死んじゃってもさ、泣かなくっていいからね?」 …オイオイ「死ぬ」ってなんだよ?何か有ったのか?と聞くと、彼女は頭をふって「何も無いけどね」と言った。 「たださ…私さ、自分が和則と一緒にいられるってこと、すごいことだって思ってるからさ」 「あん?そんなこと、ねーだろ?」「…ううん…和則はさ、もっとさ、色々なこと出来る人だから」「…」 「自分から行って良いよ、って言えないと思う…だから私が死ぬまでは和則に側にいて欲しい」 「…ヨーコ」「そのとき泣かなくてもいいからさ…だからさ、笑ってサヨナラって言ってくれれば、もうどこに行ってもいいよ」 「…アホ…何言ってる」 俺は「ヨーコ」の頭をひとつ、こつん、と小突いた。 「…痛ったいよ」「死ぬなんていうな、バカ!」 俺は左手で自分の鼻を摘まんで、右手で彼女の頭を小突いた。 「あ、和則、泣いてる?」「…バカ言え…これはな、これは…くしゃみが出そうなだけだ」 そういうと彼女は穏やかな笑顔で笑いかえしてくれた。 瞳の中に、真っ赤な夕日が落ちていくのが見えていた。 * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * *  「…それでは新郎新婦の入場です!」 司会の声が部屋の向こうで聞こえ、同時に目の前の白い扉が前に開いた。 俺の隣には白いドレスに身を包んだ「ヨーコ」の顔がある。 いつもよりずっと緊張した顔は、真剣なのか、無表情なのか、よくわからなかった。 「よ!ご両人!」 声をかけたのはきっと「信州ヒグマ」の奴に違いないだろう。 式が始まる前からきっと飲み始めているに違い無い。 観客席を歩きながら、横目で見ていると、昔から見知った顔が親戚に混じって見えた。 女性はみなヨーコを熱に浮かされたように潤んだ目で見つめている。 ハンカチを目に押し当てている奴もいる。 「…和則」 ヨーコが小さな声で俺にささやく。 「…ありがとう…」 俺は胸を突かれるような想いで、あらためて彼女を見る。 …そうだ…お前はいつでも、そう俺に言ってきてくれたんだったな…。 * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * 「あの事件」があった後も、俺は「ようこ」と会うことは止めなかった。 いや「止めることができなかった」というのが適切かもしれない。 しかし、その「付き合い方」は、昔と同じようなものではなく、どこか他人行儀な、よそよそしさの残るものだった。 「こうなった理由」というのは、察しが着いていた。 彼女の高校に行った、芦ノ原のヤツ(3-7の連中じゃない)が、俺とヨーコの仲を、面白おかしく級友に話して聞かせていたのが原因だ。 「…なんか変なカップルなんだけどさ」と、話のネタとしての「思い出話」のつもりだったんだろう。 それを聞いた「ようこ」が、困惑したということだったんだ。 俺の中の彼女への「想い」もさることながら、この話を聞いてからの俺は、彼女への「自責の念」というものが強まっていくのを感じていた。 「二股をかけている」という事実。 「それなのに、どちらかを選択できない」という、弱い自分への「責め」。 そんなものが混ざり合って、彼女を放り出せなくなってしまったのだ。 「友田君…わたしね…わたし…このままでも全然平気だから」 「ようこ」は突然、こんな台詞を口にした。 「わたしは今までずっと待ってきたの…だから「これくらいのこと」は我慢できるし、平気なんだからね」 俺は背中に「ひやり」としたものを感じた。 そして「自分の考えの浅はかさ」に気づいた。 「わたしは…このまま友達だって構わない…ずっと、ずっとでも」 そういって「ようこ」はにこやかに笑った。 俺は…笑い返すことができなかった。 彼女と出会ってから、ひとめぐり季節が変わろうとしていた。 目の前には「大学受験」という、大きな壁が立ちふさがっていた。 「ヨーコ…お前、大学行くんだろ?」「…和則が行くなら、行く!」「…あのねぇ」 「…なんつうか自主性…まあ、いいや」「…和則?」「ああ、なんでもねえ!」 …少しだけ、いつもよりは声が大きかったかもしれない。 最後に強引に話を打ち切ったのは、きっと俺の「苛立ち」そして「わがまま」だ。 下を向いて、突っ立ったままのヨーコを置き去りに、俺は歩き出した。 …普段ならばこんなとき、すぐさま彼女は駆け寄って、俺のシャツの後ろをぎゅっ、とつまむのがクセだった。 そのまま一緒に歩き出し、俺が謝るとすぐに機嫌を直してくれた。 この時はそうじゃなかった。 背中がいつまでも「軽い」。 不安に思って振り返ると、彼女は元の位置に立ち尽くしていた。 「…ヨーコ…悪かったよ、ちょっとイライラしてて…ゴメン!」 俺は彼女のそばに駆け寄ると、そう言って謝った…これで万事解決!と思ったのだが…。 「…和則…かずのりっ!!」 彼女は二度、俺の名前を叫ぶと、俺の胸に向かっていきなり飛び込んできた。 反射的に俺はヨーコを抱きとめた。 「ヨーコ?…おい?ヨーコ、どうしたんだ?…ゴメンって謝ったろ?」 そう言っても彼女は泣き止まなかった。 ただただ、俺の胸の中で泣きじゃくりながら、首を横に振り続けていた…。 「友田君…大学は?」「行くさ…一応は、入れるところならば」 どこに行くの?と「ようこ」は聞く。 俺はなんとなく、誤魔化すように二、三の学名を言った。 すると彼女は小さく何度か縦に首を振り「私も行くから」と言った。 …俺は「来るときが来た」と、そのとき感じていた。 彼女にに別れを告げなきゃいけない、と。 決心を固め、言い出そうとしたとき、彼女は静かにこう、話をし始めた。 「やっと…わたしたち、やっと大人に近づけるんだね」 「え?…」「…大学に受かったらさ、ね?一緒の場所でバイトしようね?」 「…なんだよ、まだ先の話じゃないか?」 俺がそういうと、彼女は頭を振り、こう続けた。 「一年後の話よ…先の話なんかじゃないわ…」 「鬼が笑うような話さ」 再び彼女は頭を振り、そして今度は真っ直ぐに俺を見つめて 「未来は明るく出来るのよ!…過去は過去、もう帰ってこないけど、未来は違うのよ!」 …真剣な顔で、俺にそう言った。 彼女の目は爛々と光り、俺が視線を避けることを許さなかった。 「…いつまでも、一緒に居るのよ…ね?そうして?」 「…無理だ!!」「出来るわ!!」 二つの言葉が、激しく交差した。   「…確かに俺は君が好きだった…でも、そんなふうに決め付けられるのは真っ平だ!!」 「あなたは確かにあのときに「私を助ける」と言ったわ…今がその時なのよ」 「昔話だろ?…子供(ガキ)の戯言じゃないか!?」 「昔話?…違うわ…これは「続き」なの!…「物語」はまだ終わっていないのよ!」 俺はそのときに、自分の中の血が、すう、と引いていくのを感じていた。 妙に冷静になろうとしている自分があって、それがなんとも不思議な気分だった。 「ようこ…やっぱり違うぞ、それは」「…違わないわね」 「いや、違う…思い出は良くも悪くも「大切なもの」だ」 「…嫌なことも全部、よく思えっていうの?」 「…前にな…俺の中学の担任の先生が、高校入学前の俺たちを集めて、こんなことを言ってくれたよ…」 「…思い出は懐かしむためだけにあるんじゃない…自分の未来を輝かせるためにあるもんだ…そう、言ってくれたよ」  …ようこは一言「わからない」と言った。 私の過去は嫌なことばかりだった…友達と付き合ったのも、自分の「今」を忘れたかったからだ、と。 「…信じられない…あんな思い出が何の役にたつって言うの?」 「それは俺にもよくわからない…が、過去を否定して「無いものねだり」をしても、それはきっと自分の実にはならないはずだ」 「…あなたはそうやって、これからも生きていくの?」 …俺は彼女を真っ直ぐに見て「ああ」と一言言った。 「…彼女…私と同じ名前の…あなたにはどちらが真実なの?」 …俺は少しだけ間を置いてから、彼女を見つめ言った。 「俺はこれからも「思い出」を忘れやしないさ…ヨーコのことも、そして君との思い出も」 「…キミ…か…もう名前で呼んではくれないんだね?」 「…」 「そうか…それがアナタの決心(こころ)か…」 …それきり彼女は踵を返し、振り返ることはなかった。 そのままに大学受験を経て、高校を卒業…彼女「ようこ」には二度と会うことはなかった。 彼女は俺の中で「苦く切ない恋の思い出」として残るだけになった。 卒業の日、俺はヨーコに「言わなければいけないこと」を言った。 「ヨーコ?」「何?」「俺、お前に話せなかったこと、あるんだ」「…?」 「…俺、お前の他の女の子と付き合ってたことあるんだ」「…?」 「いやその…その、つまり、ゴメン!!」 俺はヨーコに向かって90度腰を曲げるようにして、彼女に謝った。 「浮気してた!ゴメン!許してくれ!」 ヨーコはぼんやりとした顔で、俺を見ていた。 「…和則?」「…はいっ!」「…良かった」「…はいっ!?」 そしてヨーコは顔をほころばせて、こんな風に俺に言ったんだ。 「良かった…和則のこと信じてたもん…信じてて、良かった」 「…ヨーコ…許してくれるのか?」 「…許す?」 「ああ…その…悪かっ…」 そう俺が言おうとした刹那、ヨーコは俺の口を自分の人差し指で塞いだ。 そしてニッコリ笑うと、こう俺に言ったんだ。 「信じてる、って、言ったでしょ…許すとか、許さないとか、そんなの考えてないもん!」 「和則?」「うん?」 「…一緒がいいよね…ね?」 俺は彼女に向かって、ウインクした。 ヨーコは、向日葵のように大きく笑っていた。 * * * * * * * * * * * * * * * * * * * *  ビデオでの生い立ち紹介、ケーキに入刀、と、型通りに式は進む。 二度目のお色直しの頃には、すっかり緊張もとれたようで、ヨーコのまわりには友人たちが集う。 俺の周りにもビールを注ぎに来る客が絶えない。 「おめでとう」「…先生!?」 少し顔にシワが出来たみたいだったけど「懐かしい顔」が目の前にあった。 「…これからが本番…子供が出来て、家庭を持ってからが、男の正念場だぞ!」 「先生…ありがとうございます…でも、先生にはもうひとつ「ありがとう」を言わなきゃいけないかな?」 「もうひとつって…何だ?」 俺はヨーコを見る。 ヨーコも俺を見てる。 「先生…俺、思い出と一緒に生きてくよ…ヨーコと一緒に」 そうか、仲良くな?と、先生は顔のシワを増やすようにして笑った。

コメント

あいかわらず、おもしろいっす。(o^-^o)

楽しませてもらいました。

>絵部長さん

ありゃあとやんす( ^ω^ )
引き続きますので、ご覚悟の程を( ̄ー+ ̄)

いやあ、切ないですねえ。
切ない。

人にはいろいろな思い出と、また想いがあるんですねえ。

読むのが遅くなってしまいましたが、次回作も期待しております(^.^)

>ぬたさん
いつもありがとうございます!。
次回作…さて、今度はどうなっていきますやら?。

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